顔なし地蔵様も見学出来たし、あとは横道忠右衛門さんのお墓参りだけです。(゜∇^d)!!
でも境内のどこにあるのだろう?( ・◇・)?
そういえば、山門の説明板の隣にも常春寺さんの沿革が書いてある説明板がありました。
こちらに何から手がかりが書いてあるのかもε=ε=┏(・_・)┛
昨日書いた阿曽沼氏との関係が書いてありますね。~.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
そして横道忠右衛門さんのお墓の事も(人´ з`*)♪
で、
墓所はどちらに?(・д・ = ・д・)
あっちをウロウロこっちをウロウロε=ε=┏(・_・)┛
見あたりません。( ;´・ω・`)
看板もありません。( ;´・ω・`)
どうにもなりません。( ;´・ω・`)
その時!
お客様(檀家さん?)が帰られるご様子ヽ(^。^)ノ
ほんの少し待つと帰られて行かれたのでこれはチャンス到来っとばかりに御住職のもとにε=ε=(ノ≧∇≦)ノ
「すいません、先ほどは顔なし地蔵様の件、ありがとうございました。
帰ろうとしたら横道忠右衛門さんのお墓がこちらにあると………………」(私)
すると御住職のお母様が
「お墓はお寺の裏山にあるんですよ」
御住職も
「ご案内いたしましょう。」
本当ですか!?ヾ(*≧∀≦)ノ゙
「以前はそこの崖の下にあったんですけどね、倒れかかっていたので先代の住職が裏山に移したんですよ。」(お母様)
「この場所にあったんですけどね」(お母様)
凄い!一人で来たら絶対知り得ない情報まで教えてくださいました。m(_ _)mアリガトウゴザイマス
御住職が
「こちらが横道忠右衛門さんのお墓になります。( ̄ー ̄)ノ」
「向かって左側が忠右衛門さんご夫妻のお墓で右側にあるのがお子さんのお墓です。」(お母様)
「え!横道忠右衛門さんは暗殺されたのではないのですか!( ̄□ ̄;)!!」(私)
「出世をやっかんだ人達が忠右衛門さんにお酒を飲ませて暗殺し、家に火をつけてお家ごと滅却してしまったんですよ。ひどいでしょう!
お家はこの山のすぐ下にあたります。」(お母様)
「お詳しいですね~」(私)
「私も歴史が好きですから。横道さんは外様でしたからやっかみ連中の標的になったそうですよ~。大野毛利家も元は吉川家ですから」(お母様)
なるほど!横道さんは外様だったのか( ̄~ ̄;)
横道………………
外様……………………
何か頭の中でゴソゴソしてる。(-""-;)
(これは帰宅後にわかりました)
後ろの石柱はこちらに移された時に建てられたそうです。
「そうなんですか!( ̄□ ̄;)!!
今年はまだ間に合いますよね!
えっと28日は…………………………木曜日(_ _)チーン
仕事です。。・(つд`。)・。」
「しかし、よく横道忠右衛門さんを御存じで」(お母様)
「いやぁ、こちらの常春寺さんの場所を探しに資料館に行きましたら顕彰碑と堀川南蛮樋門があり、こちらにお墓があると知りまして、これもご縁かなっと」(私)
こちらには説明板もありました。(*^ー^)ノ♪
年代をみると今から約四百年前ぐらいの方なんですね~.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
横道忠右衛門さん達が開作をする前が海であった事がわかりますね~(゜∇^d)!!
ん!
よくみると「麻郷」のあたりは海岸線ですね。(^-^)
以前書いた謎の大岩の辺りです。(゜∇^d)!!
http://blogs.yahoo.co.jp/it1035656/39458454.html
その事を御住職様とお母様にお話し、義経伝説もお話ししたところ
「実は当寺にも大岩があるんですよ。」(御住職)
「お庭にそれは大きな岩があるんですよ。見てみませんか?」(お母様)
「いいんですか!.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.」
ルンルン気分で来た道を戻ろうと振り替えると
あれ?
墓地には合わない石祠が?
材質もちがう!( ̄□ ̄;)!!
「あの~あちらはなんでしょうか( ・◇・)?
お墓ではありませんよね?」(私)
「よく気がつかれましたね~(-∀-;)
こちらは弁天様になります。」(お母様)
「良かったら中をご覧になりますか」(御住職)
「この辺りは栄えていたのですか?」(私)
「いいえおそらく海の神様として祀られているのでしょう」(お母様)
そう、弁天様は芸能の神であり海の女神でもあるのです。
この辺りが開作によって出来たのであれば確かに海の女神の説が有力ですね。(゜∇^d)!!
おや?奥に毘沙門天の塔婆が見えますが
なるほど!納得です。(゜∇^d)!!
眼下に大きな岩が見えます
「あれですか!」(私)
「あれですよ。良かったらお寺の中からどうぞ」(御住職様とお母様)
あれ?
「こちらに手摺がありますがこちらからはいかれないのですか?( ・◇・)?」(私)
「今は鐘突堂は下にありますがむかしはこの山の上にあったんです。」(御住職)
そうなんですね。
確かに毎日毎日山を登って鐘を突くのはキツいですよね(-""-;)
そしてお寺の中に上がらせて頂き岩をみましたが!
でっかい( ̄□ ̄;)!!
私の目測なので余りあてにはなりませんが高さは1メートルちょっと畳四~五畳分ぐらいの大きさでしょうか。とにかく大きい。
なるほど!確かに綺麗なお庭に見事に調和している石はどれも丸い形をしていました。o(^o^)o
気がつけばもうお昼の12時……………………
娘……………………
ヨット…………………………
お迎え……………………………………
「すいません!娘を迎えに行かなければなりませんのでここで失礼いたします。」(私)
「それは大変!良かったらまた来て下さいね。」(お母様と御住職様)
常春寺の御住職様とお母様
この度は急な訪問にも関わらずご対応頂き誠にありがとうございました。m(_ _)m
今度、また改めて訪問いたしますので、その時はまた歴史のお話しをお聞かせ下さい。m(_ _)m
そして帰宅後、資料で確認してみるとやはり横道さんの御先祖様は尼子十勇士のひとり横道秀綱さんの弟さんのお孫さんでした。
だから外様で、そこから吉川家家臣になり、そしてまた関ヶ原の後で毛利家の外様に………………。・(つд`。)・。オヨヨ
(毛利家が残ったのは吉川家の力が大きいのにねぇ~)
おまけ
駐車場から見えたでっかい風車

でも境内のどこにあるのだろう?( ・◇・)?
そういえば、山門の説明板の隣にも常春寺さんの沿革が書いてある説明板がありました。
こちらに何から手がかりが書いてあるのかもε=ε=┏(・_・)┛

昨日書いた阿曽沼氏との関係が書いてありますね。~.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
そして横道忠右衛門さんのお墓の事も(人´ з`*)♪
で、
墓所はどちらに?(・д・ = ・д・)
あっちをウロウロこっちをウロウロε=ε=┏(・_・)┛
見あたりません。( ;´・ω・`)
看板もありません。( ;´・ω・`)
どうにもなりません。( ;´・ω・`)
その時!
お客様(檀家さん?)が帰られるご様子ヽ(^。^)ノ
ほんの少し待つと帰られて行かれたのでこれはチャンス到来っとばかりに御住職のもとにε=ε=(ノ≧∇≦)ノ
「すいません、先ほどは顔なし地蔵様の件、ありがとうございました。
帰ろうとしたら横道忠右衛門さんのお墓がこちらにあると………………」(私)
すると御住職のお母様が
「お墓はお寺の裏山にあるんですよ」
御住職も
「ご案内いたしましょう。」
本当ですか!?ヾ(*≧∀≦)ノ゙
「以前はそこの崖の下にあったんですけどね、倒れかかっていたので先代の住職が裏山に移したんですよ。」(お母様)
「この場所にあったんですけどね」(お母様)
凄い!一人で来たら絶対知り得ない情報まで教えてくださいました。m(_ _)mアリガトウゴザイマス
御住職が
「こちらが横道忠右衛門さんのお墓になります。( ̄ー ̄)ノ」

「向かって左側が忠右衛門さんご夫妻のお墓で右側にあるのがお子さんのお墓です。」(お母様)
「え!横道忠右衛門さんは暗殺されたのではないのですか!( ̄□ ̄;)!!」(私)
「出世をやっかんだ人達が忠右衛門さんにお酒を飲ませて暗殺し、家に火をつけてお家ごと滅却してしまったんですよ。ひどいでしょう!
お家はこの山のすぐ下にあたります。」(お母様)
「お詳しいですね~」(私)
「私も歴史が好きですから。横道さんは外様でしたからやっかみ連中の標的になったそうですよ~。大野毛利家も元は吉川家ですから」(お母様)
なるほど!横道さんは外様だったのか( ̄~ ̄;)
横道………………
外様……………………
何か頭の中でゴソゴソしてる。(-""-;)
(これは帰宅後にわかりました)
後ろの石柱はこちらに移された時に建てられたそうです。

「そうなんですか!( ̄□ ̄;)!!
今年はまだ間に合いますよね!
えっと28日は…………………………木曜日(_ _)チーン
仕事です。。・(つд`。)・。」
「しかし、よく横道忠右衛門さんを御存じで」(お母様)
「いやぁ、こちらの常春寺さんの場所を探しに資料館に行きましたら顕彰碑と堀川南蛮樋門があり、こちらにお墓があると知りまして、これもご縁かなっと」(私)
こちらには説明板もありました。(*^ー^)ノ♪

年代をみると今から約四百年前ぐらいの方なんですね~.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.

横道忠右衛門さん達が開作をする前が海であった事がわかりますね~(゜∇^d)!!

ん!
よくみると「麻郷」のあたりは海岸線ですね。(^-^)
以前書いた謎の大岩の辺りです。(゜∇^d)!!
http://blogs.yahoo.co.jp/it1035656/39458454.html
その事を御住職様とお母様にお話し、義経伝説もお話ししたところ
「実は当寺にも大岩があるんですよ。」(御住職)
「お庭にそれは大きな岩があるんですよ。見てみませんか?」(お母様)
「いいんですか!.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.」
ルンルン気分で来た道を戻ろうと振り替えると
あれ?
墓地には合わない石祠が?
材質もちがう!( ̄□ ̄;)!!

「あの~あちらはなんでしょうか( ・◇・)?
お墓ではありませんよね?」(私)
「よく気がつかれましたね~(-∀-;)
こちらは弁天様になります。」(お母様)

「良かったら中をご覧になりますか」(御住職)

「この辺りは栄えていたのですか?」(私)
「いいえおそらく海の神様として祀られているのでしょう」(お母様)
そう、弁天様は芸能の神であり海の女神でもあるのです。
この辺りが開作によって出来たのであれば確かに海の女神の説が有力ですね。(゜∇^d)!!
おや?奥に毘沙門天の塔婆が見えますが

なるほど!納得です。(゜∇^d)!!
眼下に大きな岩が見えます

「あれですか!」(私)
「あれですよ。良かったらお寺の中からどうぞ」(御住職様とお母様)
あれ?
「こちらに手摺がありますがこちらからはいかれないのですか?( ・◇・)?」(私)
「今は鐘突堂は下にありますがむかしはこの山の上にあったんです。」(御住職)
そうなんですね。
確かに毎日毎日山を登って鐘を突くのはキツいですよね(-""-;)
そしてお寺の中に上がらせて頂き岩をみましたが!
でっかい( ̄□ ̄;)!!
私の目測なので余りあてにはなりませんが高さは1メートルちょっと畳四~五畳分ぐらいの大きさでしょうか。とにかく大きい。


なるほど!確かに綺麗なお庭に見事に調和している石はどれも丸い形をしていました。o(^o^)o
気がつけばもうお昼の12時……………………
娘……………………
ヨット…………………………
お迎え……………………………………
「すいません!娘を迎えに行かなければなりませんのでここで失礼いたします。」(私)
「それは大変!良かったらまた来て下さいね。」(お母様と御住職様)
常春寺の御住職様とお母様
この度は急な訪問にも関わらずご対応頂き誠にありがとうございました。m(_ _)m
今度、また改めて訪問いたしますので、その時はまた歴史のお話しをお聞かせ下さい。m(_ _)m
そして帰宅後、資料で確認してみるとやはり横道さんの御先祖様は尼子十勇士のひとり横道秀綱さんの弟さんのお孫さんでした。
だから外様で、そこから吉川家家臣になり、そしてまた関ヶ原の後で毛利家の外様に………………。・(つд`。)・。オヨヨ
(毛利家が残ったのは吉川家の力が大きいのにねぇ~)
おまけ
駐車場から見えたでっかい風車
