石城山には宇和奈利社(うわなりしゃ)という神社があります。
ほとんどの資料には後妻社(うわなりしゃ)と書かれています。
こちらの祭神は木花開耶姫(このはさくやひめ(木花咲耶姫とも書きます))という美しいお姫さまが祀られています。
木花開耶姫は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の二人目の妻なんです。
本妻は木花開耶姫の姉の磐長姫(いわながひめ)です。
磐長姫はあまり美しくない(どの資料にも醜いとあります)ので一度返され妹と一緒に嫁ぎます。
そして石城山の宇和奈利社の隣には瓊瓊杵尊を祀った若宮社があります。( v^-゜)♪
これから書くお話はこのお二人の神様のお話です。( v^-゜)♪
石城神社の参道のそばに、後妻社という小さな祠があります。
むかしの事、石城神社の御神幸が石城山の麓の宿院(現在の宿井)まで来ると必ず喧嘩や口論が始まって、怪我人が必ず出るというのです。( ̄~ ̄;)
里の人々は「これはきっと後妻の妬みに違いない!」っと考え始めました。
「これじゃ!この妬みにより宿院から来ると後妻社の前で必ず喧嘩や口論が起こるに違いない!」
そう考えた里の人々は御神幸の前に「宮子之者」が白衣を着て、白木の枝を立てて宇和奈利社(後妻社)の祠の前で
「御神幸はまだでござるぞ、まだでござるぞ。」
と繰り返し繰り返し唱え、その間に若宮の瓊瓊杵尊様が乗った神輿鈴が鳴らないように後妻社の前をこっそり通り抜ける。
そして通り抜けると今度は
「おぬかれごすん、おぬかれごすん。」
(お抜かれ御損っという意味だと思います)
っと唱えながら足早に立ち退くのです。
これは昔から行われている古式神事でしょう。
そしてこの「宮子之者」はお宮に使える者を意味していると思われます。( v^-゜)♪
そしてこのお話からすると、この小祠を後妻社(宇和奈利社)というのは、後妻神を祀ったのではなく、「後妻の妬の森」を意味して、実は姉の磐長姫命を祀っているのではないか?( ̄~ ̄;)
そう考えればつじつまが合いますね~(*´ω`*)
そう旦那様が妻である自分の前を通り、自分の妹の所に行く。
当然二女神の間に争いが起きる。
いやはや、いつの時代も男女間の問題は尽きないものですね。σ( ̄∇ ̄;)
(神の時代~現代までねぇ~)
(参考資料 大和町の民話 ふるさと散歩道大和町 石城山案内 より)
ほとんどの資料には後妻社(うわなりしゃ)と書かれています。

こちらの祭神は木花開耶姫(このはさくやひめ(木花咲耶姫とも書きます))という美しいお姫さまが祀られています。

木花開耶姫は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の二人目の妻なんです。
本妻は木花開耶姫の姉の磐長姫(いわながひめ)です。
磐長姫はあまり美しくない(どの資料にも醜いとあります)ので一度返され妹と一緒に嫁ぎます。
そして石城山の宇和奈利社の隣には瓊瓊杵尊を祀った若宮社があります。( v^-゜)♪


これから書くお話はこのお二人の神様のお話です。( v^-゜)♪
石城神社の参道のそばに、後妻社という小さな祠があります。
むかしの事、石城神社の御神幸が石城山の麓の宿院(現在の宿井)まで来ると必ず喧嘩や口論が始まって、怪我人が必ず出るというのです。( ̄~ ̄;)
里の人々は「これはきっと後妻の妬みに違いない!」っと考え始めました。
「これじゃ!この妬みにより宿院から来ると後妻社の前で必ず喧嘩や口論が起こるに違いない!」
そう考えた里の人々は御神幸の前に「宮子之者」が白衣を着て、白木の枝を立てて宇和奈利社(後妻社)の祠の前で
「御神幸はまだでござるぞ、まだでござるぞ。」
と繰り返し繰り返し唱え、その間に若宮の瓊瓊杵尊様が乗った神輿鈴が鳴らないように後妻社の前をこっそり通り抜ける。
そして通り抜けると今度は
「おぬかれごすん、おぬかれごすん。」
(お抜かれ御損っという意味だと思います)
っと唱えながら足早に立ち退くのです。
これは昔から行われている古式神事でしょう。
そしてこの「宮子之者」はお宮に使える者を意味していると思われます。( v^-゜)♪
そしてこのお話からすると、この小祠を後妻社(宇和奈利社)というのは、後妻神を祀ったのではなく、「後妻の妬の森」を意味して、実は姉の磐長姫命を祀っているのではないか?( ̄~ ̄;)
そう考えればつじつまが合いますね~(*´ω`*)
そう旦那様が妻である自分の前を通り、自分の妹の所に行く。
当然二女神の間に争いが起きる。
いやはや、いつの時代も男女間の問題は尽きないものですね。σ( ̄∇ ̄;)
(神の時代~現代までねぇ~)
(参考資料 大和町の民話 ふるさと散歩道大和町 石城山案内 より)