この夏大内菱を見て周る旅をしました。
そして、ブロ友の「りえさん」が大寧寺に行かれた事を書かれていて私も行きたくなり……………………………………






来ちゃいました。(´▽`;)ゞ



瑞雲山 大寧寺さんです。(*^ー^)ノ♪

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雰囲気いいでしょ~(人´ з`*)♪


説明板がありましたのでこちらを参照して下さいね。("⌒∇⌒")

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今から600年も前に創建されたお寺なんですぅ(人´ з`*)♪

説明板にも書いてあるように創建したのは鷲頭弘忠さんです。(*´∀`*)

こちらの鷲頭さん、実は下松から東側を守護していた方で大内家の分家にあたるお方なんです。

これが以前行った下松市城山の説明板

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この説明板にある「防長全域に権力を振るっていた」には実は理由があるのです。(´▽`;)ゞ

むかしむかし朝廷が鎌倉幕府に対して不満を持っていた頃、足利高氏(のちの尊氏)を使って権力を取戻しすったもんだの末、泥沼化し南北朝時代が始まります。(-""-;)

そこで問題が起こります。
北朝は代々周防守護(今でいう知事さんのようなもの)だった大内さんではなく、分家で有能だった鷲頭さんを守護と任命してしまいます。
南朝は大内さんを任命………………

あれ?同じ国に二人も守護がいる?

って事で問題が数年後に発生( ̄~ ̄;)オソクナイデスカ?

その時、鷲頭さんは負けて現在の長門市に赴任。
そしてその子孫が大寧寺建立となるのです。σ( ̄∇ ̄;)

その大内義隆さんが大内の血をひく鷲頭さん創建の寺で最期をむかえる。
ドラマですね~

長々と脱線失礼しましたあせる


今回書くのは大寧寺境内の

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(大寧寺案内図より)

今回はこの部分を書きます。(*^ー^)ノ♪

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いやあせる
仕事開始なので明日書きますね。(´▽`;)ゞ