今回書くのは周南市中須地区にある天満宮です(゜∇^d)!!
中須地区は江戸時代に市があり、栄えていた事が記録にも残っています。(゜∇^d)!!
しかし、その前には毛利元就さんが須々万の沼城を攻める際にここで戦いが行われて山河畠が無惨な状態になった事も書物にも残っています。
そんな場所にある天満宮の参道がこちらです。(*^ー^)ノ

参道前には恵美須社がありましたよ~*。・+(人*´∀`)+・。*

御祭神は事代主命(ことしろぬしのみこと)です(゜∇^d)!!
石祠の上に恵(恵美須)の文字が見えますねo(*゚∀゚*)oワクワク

こちらも江戸時代の書物「防長風土注進案」にも記載されています。ヽ(*´∀`*)ノ
お!
脇には亥の子石が輪っかが付いた状態で残っていました。(*゜д゜*)スゴーイ

亥の子石は昭和の中期まで主に西日本で行われていた行事です(゜∇^d)!!
簡単に説明すると
陰暦の十月の最初の亥の日に亥の子餅をついて祝う習わしがあり、この餅を食べると万病を除くと伝えられていました。
この晩に地区の子供達が各家を訪ねて亥の子石で外庭や玄関辺りをついてまわったそうです。ヽ(*´∀`*)ノ
そして、餅やお菓子やお小遣いをもらってみんなで分ける風習がありました。(*⌒∇⌒*)
亥の子石をつく際に各地域毎に歌があったそうですよ~*。・+(人*´∀`)+・。*
(かわいい歌詞や恐い歌詞、地域性が出て面白いですよ~(((*≧艸≦)ププッ)
あ!
またやっちゃった
脱線失礼しましたm(_ _)mゴメンナサイ
本題に戻ってと( -。-) =3
鳥居の前には狛犬様がおられましたよ~*。・+(人*´∀`)+・。*
阿形

笑顔のように見えますね(´∀`*)

吽形

お鼻がつぶれかわいいですね~*。・+(人*´∀`)+・。*


こちらの狛犬様の建立時期は寛政七年(1795年)です(゜∇^d)!!
そして鳥居です(*^ー^)ノ

額束には何も彫られていませんでした。σ(´・ε・`*)
建立時期は明和三年(1766年)です(゜∇^d)!!
この四年後に日本各地でオーロラが観測されました。ヽ(*´∀`*)ノ
おや?
鳥居の脚に面白い文字を発見!(*´艸`*)
「文武運長」?σ(´・ε・`*)

おそらく「武運長久」と「文武両道」が混ざってしまったのでしようね(´▽`;)ゞ
( -_・)?
お社が見えませんねぇ~(´-ω-`)=3

突き当たりには石碑がありました.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.

なんと書いてあるか良くわかりませんが梅の紋があるのはわかりました。ヽ(*´∀`*)ノ

やはり天満宮なんですね~*。・+(人*´∀`)+・。*
それでは参拝しましょう(‐人‐)パンパン

由緒等の説板がありませんので、調べてみました。ヽ(*´∀`*)ノ
こちらは天満宮・五行神・人丸社の相殿だそうです。ヽ(*´∀`*)ノ
御祭神
句句酒知命(ククチノミコト)=木の神様
軻遇槌命(カグツチノミコト)=火の神様
埴安命(ハニヤスノミコト)=土の神様
金山彦命(カナヤマヒコノミコト)=鐵の神様
水波佐女命(ミズハメノミコト)=水の神様
由緒等は石碑(高さ九尺、幅一尺八寸)にあり
(防長風土注進案より)
ありゃ?
菅原道真さんも柿本人麿呂さんも祀られていない事になっていますね( ・◇・)?
これはまた宿題ですφ(..)カキカキ
御本殿の造りは立派ですね~*。・+(人*´∀`)+・。*

