中学生時代2
精通とは男子が成長して初めて精液を出す現象
私は当時15歳、多分精通は遅いほうであったであろう。
私の息子は先端まで皮を皮をかぶっており、まだ完全な包茎であった。
ただ、カリの部分が多少膨らんでいる感じでありそれを除けば先の尖った砲弾型だ。
皮がむけ松茸型になるまではもう少し、時間を要した。
彼女は長い間、よっんばいになっていたので手足がしびれたのか、そのままの状態で
座ることも立つことも出来なかった。
私は上半身を起こし彼女を見つめた。
スカートは腰の近くまでめくれ上がり、パンテーの股間はぬれて、陰毛が黒々とすけて見えた。
私は彼女の上半身を抱きかかえ、起こそうとした。
女性の乳房は柔らかい、しかもそのときブラジャーを着けていなかった。
モロに乳房の感覚が手の平を伝わり私の中枢神経を刺激する。
何度か座らせようと試みたが、旨く行かない。
そうだ、よっんばいの状態からは寝せるほうがらくだと思いついた。
上半身をしっかりと抱き抱え、横に一緒に寝るような形で体をひねると、コロンと
彼女の体は割りと簡単に仰向けになぅた。
ところが、その際ブラウスのボタンが外れたのだろう、片方の乳房だけが天を向いてそそり立っていた。
思わず乳房にかぶりつき、乳首を強く吸っていた。
子供の頃の習慣か本能がそうさせるのか、考えることなく行動にうっていた。
しばらくすると、もう片方のブラウスに押しつぶされた窮屈そうにしている乳房が気になってきた。
乳首吸引作業を中断しブラウスのボタンをはずすと、乳首がピュンと飛び跳ねてきた。
ごめんね、苛めてしまってという気で舌で優しくなめると彼女の体がピクピクと反応する。
私は当時15歳、多分精通は遅いほうであったであろう。
私の息子は先端まで皮を皮をかぶっており、まだ完全な包茎であった。
ただ、カリの部分が多少膨らんでいる感じでありそれを除けば先の尖った砲弾型だ。
皮がむけ松茸型になるまではもう少し、時間を要した。
彼女は長い間、よっんばいになっていたので手足がしびれたのか、そのままの状態で
座ることも立つことも出来なかった。
私は上半身を起こし彼女を見つめた。
スカートは腰の近くまでめくれ上がり、パンテーの股間はぬれて、陰毛が黒々とすけて見えた。
私は彼女の上半身を抱きかかえ、起こそうとした。
女性の乳房は柔らかい、しかもそのときブラジャーを着けていなかった。
モロに乳房の感覚が手の平を伝わり私の中枢神経を刺激する。
何度か座らせようと試みたが、旨く行かない。
そうだ、よっんばいの状態からは寝せるほうがらくだと思いついた。
上半身をしっかりと抱き抱え、横に一緒に寝るような形で体をひねると、コロンと
彼女の体は割りと簡単に仰向けになぅた。
ところが、その際ブラウスのボタンが外れたのだろう、片方の乳房だけが天を向いてそそり立っていた。
思わず乳房にかぶりつき、乳首を強く吸っていた。
子供の頃の習慣か本能がそうさせるのか、考えることなく行動にうっていた。
しばらくすると、もう片方のブラウスに押しつぶされた窮屈そうにしている乳房が気になってきた。
乳首吸引作業を中断しブラウスのボタンをはずすと、乳首がピュンと飛び跳ねてきた。
ごめんね、苛めてしまってという気で舌で優しくなめると彼女の体がピクピクと反応する。
中学生時代
中学生時代は中国地方の寒村に居て、畑の手伝いとか、アルバイトに明け暮れ、男女の関係にはあまり興味がなかった。
おそらく、そちらの方面では私は晩生であったと思う。
今年の夏、広島で同窓会が開かれ、当時ある同級生が女の子に片っ端からラブレターを書いていたことが話題になっていた。
昭和28年ごろだったと思うが、東京に働きに行っていた親父が家を借りたので家族7人が東京で生活することになった。
当時東京まで汽車で22時間懸かったように思う。
花の都、憧れの東京、私の内面からも何か自分自身を変えてくれそうな力がわきあがるのを感じた。
九月から転入するということで、夏休みに制服や靴をそろえ、又散髪をすることになった。
同じ店子に床屋さんに勤めている女性がが居て、店の休みの日にアルバイトで安く散髪をしてくれることになった。
弟3人は約束の日に散髪をを済ませたのだが、用事が出来て私だけ済ますことができなかった。
そこで、日時を決めて女性のアパートへ行き、散髪をしてもらうことになった。
アパートの板張りの通路に木製の丸椅子を出し、散髪を始めてもらったのだが、受験勉強の疲れか、まもなく寝てしまったらしい。
髭剃り用の石鹸のお湯が入っているカップに頭をぶつけ、お湯が胸から足まで流れあまりの熱さに悲鳴を上げ、飛び上がってしまった。
急いで、着ていたランニングシャツ、ズボン、パンツを脱ぎ、周りのタオルをかき集め、水に浸し、水を少し含ませ、胸や腹、股間の周りに置き熱を取ってもらつた。
彼女がどこが一番痛いかと言うから、私がチ〇〇がと言うと、水を入れたどんぶりと洗面器を持ってきて、水を口に少し含み私の物を根元まで万遍無くしゃぶり始めた。
口の中の水を取り替えながら、小一時間ぐらいこの治療を継続したであろうが、突然痛さを通り越し、それがえもいわれぬ快感となり、私の物が太く膨張し、なをかつ、長くなり、その先端が彼女の喉口をふさいだと思われた時、私のロケットが私の意志に関係なく引き金が引かれた。
彼女は息をつめ、目を白黒し息が出来ないようであった。
私もロケット発射が完了するまで動くことが出来なかった。
やっとロケット発射が完了し、われに返り、両手で彼女の顔を押さえ、私の物をひきぬいた。
彼女は深く息を吸い込み海女笛を吹いた。
これが私の精通であつた。
おそらく、そちらの方面では私は晩生であったと思う。
今年の夏、広島で同窓会が開かれ、当時ある同級生が女の子に片っ端からラブレターを書いていたことが話題になっていた。
昭和28年ごろだったと思うが、東京に働きに行っていた親父が家を借りたので家族7人が東京で生活することになった。
当時東京まで汽車で22時間懸かったように思う。
花の都、憧れの東京、私の内面からも何か自分自身を変えてくれそうな力がわきあがるのを感じた。
九月から転入するということで、夏休みに制服や靴をそろえ、又散髪をすることになった。
同じ店子に床屋さんに勤めている女性がが居て、店の休みの日にアルバイトで安く散髪をしてくれることになった。
弟3人は約束の日に散髪をを済ませたのだが、用事が出来て私だけ済ますことができなかった。
そこで、日時を決めて女性のアパートへ行き、散髪をしてもらうことになった。
アパートの板張りの通路に木製の丸椅子を出し、散髪を始めてもらったのだが、受験勉強の疲れか、まもなく寝てしまったらしい。
髭剃り用の石鹸のお湯が入っているカップに頭をぶつけ、お湯が胸から足まで流れあまりの熱さに悲鳴を上げ、飛び上がってしまった。
急いで、着ていたランニングシャツ、ズボン、パンツを脱ぎ、周りのタオルをかき集め、水に浸し、水を少し含ませ、胸や腹、股間の周りに置き熱を取ってもらつた。
彼女がどこが一番痛いかと言うから、私がチ〇〇がと言うと、水を入れたどんぶりと洗面器を持ってきて、水を口に少し含み私の物を根元まで万遍無くしゃぶり始めた。
口の中の水を取り替えながら、小一時間ぐらいこの治療を継続したであろうが、突然痛さを通り越し、それがえもいわれぬ快感となり、私の物が太く膨張し、なをかつ、長くなり、その先端が彼女の喉口をふさいだと思われた時、私のロケットが私の意志に関係なく引き金が引かれた。
彼女は息をつめ、目を白黒し息が出来ないようであった。
私もロケット発射が完了するまで動くことが出来なかった。
やっとロケット発射が完了し、われに返り、両手で彼女の顔を押さえ、私の物をひきぬいた。
彼女は深く息を吸い込み海女笛を吹いた。
これが私の精通であつた。
