537 ○○寿命(4)
私の、生命線への「?」は、続きます。人生の途上で、運命が変容して、生命線それ自体が、途切れたり、つながったり、するものなのでしょうか?もしくは、個々人がもともと有する身体事情から、かけ離れた不幸に対して、あるいは逆に、最先端の医療技術によって、死に瀕した命が救われるといった、現代ならではの幸運に対しては、さすがの手相(生命線)でも、予言に限界があるのでしょうか?『当たるも八卦当たらぬも八卦』という、有名な諺があるくらいですから、突き詰めても仕方ありませんが、私にとっては、摩訶不思議な世界です。このように、寿命・長寿という言葉は、手相の生命線の有り様と、密接に関わっているものであったり、本人には、いかんともし難いので、受け入れるしかないものとして、私の中では、長い間、居座り続けていたのですが、最近は、世界に名だたる長寿国家として、日本は、他の国々から、研究対象とされるようになり、同時に、日本国内でも、『長寿時代をいかに生きるか』的な、老後観や、さまざまな○○寿命が、取り上げられるようになりました。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村