普段、車を運転している時や、家で手仕事をしながらラジオを聴くのが習慣になっています。北海道に住んでいると、やはり「AIR G」を好んで選ぶことが多いのですが、パーソナリティの方とゲストの方の楽しげな語らいの合間に流れてくる懐かしい曲には、いつも心が和みます。

先日も、ふとビートルズのデビュー曲、『Love Me Do』が流れてきました。

 

 

聴くとはなしに耳を傾けていると、あの最後の「Do」がふと気になったのです。「私を愛して、愛して」という重複した意味かしら、なんて思ったりして。

そんな疑問を、近所に住んでいる日本語がとても上手なイギリス出身の方に投げかけてみました。すると、彼が実に面白いことを教えてくれたんです。

 

あの「Do」は、「どうか、お願いだから」と心から訴えかけるための強調の言葉なんだそうです。 本来なら動詞の前に置くのが現代のルールで、お客様に「どうぞ、お座りください」と勧める時の "Do sit down." や、「ぜひもっと詳しく教えて」という時の "Do tell me more." など、この一語を添えるだけで、ぶっきらぼうな響きが消えて、相手に寄り添うような温かいニュアンスに変わるというから不思議なものです。

 

知人が語る英国の『Do』の響きは、このティーセットのように優雅で、どこか古風な趣がありました。

そこで私は、ふとビートルズの曲を思い出して、少し応用編のつもりで聞いてみました。 「じゃあ、語順を入れ替えて "Sit Down Do !" と後ろに付けたらどうなるのかしら?」

すると彼は、少し困ったように笑ってこう教えてくれました。 「五十音さん、それは英語の感覚からすると、少し座りが悪いんです。"Love me"(私を愛して)のように『動詞+名詞』ならそのまま繋がりますが、"Sit down"(座る)の "down" は副詞なので、そこにいきなり "Do" を置くと、なんだか言葉が迷子になってしまう。

もし無理に成立させようとするなら、"Sit Down, (カンマ) Do !" と一拍置いて、溜めるように言わなければならない。でも、そんな風に言ったら最後。相手は『目の前にシェイクスピア劇の俳優が降臨した!』と驚いてしまうでしょうね。あまりに古風で、芝居がかりすぎているんですよ」

なるほど。文法の理屈を超えて、たった一語の置き場所で茶の間がロイヤル・シェイクスピア・シアターの舞台に早変わりしてしまうというわけです。

 

そういえば、ビートルズのこのデビュー曲には、どこか「マザーグース」のような、イギリスに古くから伝わる童歌の響きが潜んでいるようにも感じられます。世界を塗り替えるような革新的な彼らが、実はその根底で、英国の長い伝統や言葉のリズムを大切に受け継いでいた……そんな風に考えると、あのシンプルな『Love Me Do』がいっそう愛おしく思えてくるから不思議です。

さて、そんな優雅なお話を伺った後で、現実の我が家の茶の間に目を向けてみます。 そこにあるのは、ロイヤルな気品とはほど遠い日常の光景です。

私のすぐ横では、孫がゲーム機を手から離さず、無我夢中で画面を眺めています。お母さんはしょっちゅう「宿題を先にやりなさい!」と叱り、孫は孫で口ごたえをしながらも、頑としてゲーム機を離そうとはしません。毎日のように繰り広げられるこの光景、傍で見ている私自身、最近はなんだか疲れを感じてしまうのですが……皆さまのお宅でも、同じようなことが起きてはいませんか?

 

もし我が家にシェイクスピアが降臨したら、きっとこんな顔で孫を眺めるのでしょうね。

無我夢中にゲームに興じる孫を見ていて、私は、ふとこんな表現が頭をよぎりました。

「Do Homework Do !(ドゥ・ホームワーク・ドゥ!)」 (いいから早く宿題をしてよ!)