いすけ屋



 従軍慰安婦関連第2弾。今日は千葉大学教授 秦郁彦先生の小論文。従軍慰安婦問題は、今では「強制連行ありやなしや」が問題点であり、慰安婦そのものの存在についての是非は問われていないので、秦先生のこの論調はやや的外れな気がするが、大騒ぎしていること自体を批判している内容だ。もっとも、1997年に書かれたものなので、その当時の論点としては正しかったと思う。



 先生としては、慰安婦についてはご自身で調査を」行い検証もされているので、バカバカしい話なのだろう。随所に、そのような気持ちが表れている論文だ。



 ただ、別件ではあるが、秦先生は「富田メモ」が陛下の言葉をメモしたものだと認定しているので、この件だけは認められない。若狭和朋氏が主張しているように、「徳川侍従長の話」 というのが納得できる説明である。というわけで、私は秦郁彦親派ではないが、慰安婦問題に関してのみ親派である。            




(引用始まり)



「必要悪派≒フェミニズム派≒反体制派」の論理を検証する

SAPI0 1997年1月15日号 千葉大学教授 秦郁彦


いわゆる「三派」はいかにして慰安婦を聖域と化したのか?


 以前は戦記の添えもの風エピソードにすぎなかった慰安婦問題が、急に華々しい「戦場犯罪」へ昇格、巨大な国際政治問題にふくれあかってしまいました。仕掛けた人々にとっても意外な展開かもしれません。こうなると理性的解決は容易ではありません。おそらく、イスラエルとパレスチナ人の紛争のような冷戦状況が当分つづくことになるでしょう。


 私はイスラエルのヘブライ大学に客員教授として、3か月ばかり滞在したことがあります。首都エルサレムの東部にキリストが処刑されたゴルゴタの丘がありますが、せいぜい銀座八丁ぐらいの狭い地域は、キリスト教、ユダヤ教ばかりでなくイスラーム教の聖地にもなっていてゴタゴタが絶えません。少し由来を調べてみましたが、何しろ2000年余の歴史的因縁が複雑にからみあっているので、解決の処方畿が見つかるどころか、各自の言い分を理解するだけでもお手上げで、早々にあきらめてしまった経験があります。


 慰安婦問題も似ている、と言うと不謹慎だと叱られそうですが、この「聖地」に現在、三派がひしめいて正当性を争っているのです。三派の言い分を要約すると、次のようなものでしょうか。


1 必要悪派 売買春が合法だった戦前期を知る元軍人など男女世代が中心。平時でもそうでしたが、戦場で兵士たちのレイプから相手国の「良家の子女」を守るために、軍幹部が遊廓(今だとソープランド)の戦地版である慰安所を開設。高収入の魅力にひかれた業者と売春婦が集まりました。


 兵士たちは彼女らの収入の数十分の一の給料で命をかけて戦い、多くは戦死したり餓死したりのひどい目にあいましたが、慰安してもらった感謝の気持ちを忘れていません。敗戦で彼女たちが稼いだ軍票収入が紙屑になってしまったのを気の毒だとも思っています。老後に困っているなら、相応の見舞金を出したいと考えているのです。


2 フェミニズム派 いわゆるウーマン・リブに関わっている中年女性が主体ですが、若い女性のなかにも異国の「同性」であるがゆえに共鳴し参加する人が少なくありませんし、一部の男性も加わっています。


 彼女たちの論理の特異性は、慰安婦の存在を女性全体の尊厳に対する侵害と受けとめている点にあります。リーダーには、いわゆる「良家の子女」に属する恵まれたエリートが多いのですが、貧困家庭出身の多い慰安婦が「性の防波堤」になったことへの後ろめたさが強いせいか、必要悪の論理をきびしく排撃します。


 韓国の女性リーダーである尹貞玉さんは、上流女性の集まる梨花女子大の出身で、母校の教授になった人ですが、戦時中に(慰安婦になった女性と)同じ世代なのに親の威光で工場動員もされなかった心の痛みから慰安婦救済運動を始めた、と書いています。


 気になるのは、女性(と子供)が戦争犠牲者だった面を強調するあまり、男が戦場で殺されても餓死しても当たり前、ととれるかのような論旨を展開していることです。


3 反体制派 この派は、政府や体制派を困らせる話題なら何でも利用する立場ですから、正面切って反論しにくい慰安婦問題は、絶好の責め道具です。以前は国内だけしか通用しなかったのですが、アジア諸国の軍事政権が次々に倒れて民主化が進み、反体制組織が生まれると連帯して、政府を突きあげるのが可能となりました。


 各国ともこの動きには警戒し、時には力ずくで押さえこんだりもしていますが、フェミニズム派と結んでいる場合があるので、露骨な干渉もしかねるし、時には日本との外交交渉でゆさぶり材料に使えるので、迷っているというのが実情でしょう。


 先進国でも国際法律家協会(ICJ)のようなNGOが、この問題をひっさげて国運の場に持ちこみ、わが国の人権派法律家をとりこんで運動拡大の材料にしています。


 1や2のグループとちがい、反体制派には感傷的動機はほとんどなく、善男善女の浄財を集めて別の政治目的に役立てようとしているのです。かつて、各国の共産党組織には、アジープロ部(煽動・宣伝部)という部門があり、エリートが配属されていました。大衆は愚民だという哲学があるから、こんな組織名がついたのでしょうが、この技法に学んだのか、反体制派のアジプロ技術はなかなか巧妙です。



「事後立法」を両手をあげて讃えた日弁連会長  



 さて、わが国で慰安婦問題が噴出したのは1992年初頭のことです。朝日新聞が突然一面トップで「慰安所、軍関与示す資料、防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌……」とぶちあげました。90年の国会答弁で、労働省の局長が「民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いて……」と、やや舌足らずの答弁をしていたのを、「嘘をついていた」とばかりに、それこそアジプロの大キャンペーンを張ったのです。


 戦中派にとっては、狐につままれたような気分だったでしょう。軍が慰安所に関与していたのは常識だったからで、局長答弁の真意もそれを否定する意味ではなく、慰安婦を雇用していた業者に単が便宜供与したと述べたにすぎないのです。


 ところが、この世代には珍しく軍隊経験のない宮沢首相は訪韓を目前に控え、あわてふためいたのか、あっけなく屈服、謝罪と反省で通してしまいました。そうなると、あとはとめどない退却戦です。日韓両政府の調査で、官憲による強制連行の事例は一件も確認できなかったのに、河野官房長官は93年8月に「甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」と、主語の抜けた玉虫色の発表をしてしまいました。


 スリランカのNGO運動家クマラスワミ女史が、具体的証拠は見つかっていないが、河野談話を読むと日本政府は強制連行の事実を認めた、と解釈して、謝罪と補償と責任者の処罰を勧告する報告書を国連人権委員会に提出したのは96年2月です。


 600万人のユダヤ人虐殺(ホロコースト)と同様に、時効抜きの事後立法で処罰せよ、という人権無視のこの暴論に、法律専門家の日弁連会長や少なからぬマスコミの社説や、カトリックの日本人枢機卿までが両手をあげて賛成とやったので、私もおどろきました。


 日本政府は国家補償はしないが、代わりにアジア女性基金という民間組織を作り、国民から集まる浄財を名のり出た慰安婦たちに配る構想をたてました。


 設立から1年後の96年8月、フィリピンの元慰安婦3人が200万円(実質はその2倍)ずつを受けとったのですが、日本、韓国、台湾などの支援団体は筋の通らぬカネは受けとるな、あくまで国家補償でとキャンペーンをつづけています。



慰安婦「100兆円」補償の驚くべき根拠 



 おカネが欲しい慰安婦に、もらうなと圧力をかける支援団体とはふしぎな存在ですが、彼らの憎悪は、途中で抜けて基金へ鞍替えした人たちに向けられました。基金側がもらって下さいと交渉に行くと、国家補償派の運動家が先まわりしてもらうなと説得する風景は珍しくなかったようです。それでも、基金の「償い金」をもらう慰安婦が出たことで一段落かと思わせましたが、国家補償派も簡単には引き下がりません。もはや泥仕合の域ですが、次の戦術を練っています。最近になって目についた四つの新戦術を紹介しましょう。


 一つは、女性基金に対抗して「がんばれロラ基金」を作り、慰安婦一人につき月額5000円のカンパをつのる戦後補償実現市民基金の動きです。基金の発足を報じた11月30日(夕刊)の朝日新聞は、わざわざ振込先の電話番号まで掲載する肩の入れようです。


 次は、米司法省が12月に入って七三一部隊と慰安婦関係者の16人(後者は6人ぐらいか)に入国禁止措置をとる、と発表したことです。何を根拠にリストアップしたのか、実名がわからないので不明なのですが、新聞情報を総合するとICJやフロリダの某人権団体などのNGOが協力しているようです。


 三つ目は、97年から使われる予定の中学校教科書の7社7冊のすべてに、慰安婦の記事が新たに登場したことです。さすがにあちこちで反対運動が起きていますが、詳細は省きます。


 さらにもう一つ、新しい傾向として「強制連行」を文字どおり手とり足とりの拉致という狭義ではなく、「身売りのような社会的強制も含め、広義に解釈すべきだ」(高木健一弁護士)とか「拒否・廃業・外出の自由といった、日本国内の公娼制でさえ認められていた権利」も無視された「尉安所での性行為の強制」(吉見義明教授)を強調する動きが見られることです。


 朝鮮人慰安婦の証言を読むと、前借り金を払い終わって故郷へ帰った人や、休日に町ヘショッピングに出かけた話も吉見民が編集した資料集に出てくるのにと首を傾げるのですが、最近の国家補償派は、アジプロー本槍で行こうと思い定めているかのようです。


 しかし、そんなに補償の対象者をふやして、気前よく応じられるほど、わが国は「お大尽」なのでしょうか。川田文子さんは、7年間も慰安婦をやった女性のサービス回数に、レイプ裁判の1回300万円という解決金を掛けて一人当たり七百数十億円という補償額を算出しています。彼女が調査したインドネシアでは、日本軍による「性暴力被害者」が2万2000人名のりをあげているそうですから、掛けてみると100兆円を優に超えます。


 国際常識に照らして、払うべきものは払わねばなりませんが、フェミ三スム派や反体制派の「甘言」や「強圧」に乗らないよう目を見開くべきでしょう。


(引用終わり)