八ッ場ダム根拠の最大流量 算出資料確認できず
2010年10月22日 夕刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2010102202000195.html



 馬淵澄夫国土交通相は二十二日午前の閣議後の記者会見で、八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)建設の根拠となる利根川の最大流量(基本高水)の算出方法について「具体的にどのように流出計算が行われたかについての資料が、現時点では確認できなかった」と述べた。



 国交省はこれまで、利根川の治水基準点・八斗島(やったじま)(同県伊勢崎市)での基本高水は、毎秒二万二千立方メートルだと説明。ところが、この計算の際、保水力を示す係数「飽和雨量」が市街地(二〇~四〇ミリ)を上回る程度で小さすぎるなど、算出方法を疑問視する声があがっていた。このため、馬淵氏は算出方法を見直すよう、同省河川局に指示していた。



 会見で、馬淵氏は一九八〇年に基本高水を計算した当時の資料を調べるように河川局に命じたが、飽和雨量などの係数や降雨量は地方整備局などの資料で確認できたものの、詳細な資料や経緯などが現時点で見つからなかったと話した。

いすけ屋



 八ッ場ダムが止められて、地元の生活を目茶目茶にしたまま、国会では阿呆な議論をやっている。ダム規模を決定する肝心のデータが国交省に無いと言うのも詭弁だろうが、もともとダム建設反対学者が貯留関数法における飽和雨量が小さすぎるから問題だと言ってケチをつけている。(飽和雨量とは、地表の土の含水比が100%になり、これ以上地下に浸透できない雨量。これをこえると地表流出が始まる。)



 確かに計画に用いられた飽和雨量48mmは山岳地帯としては小さい。山地の場合、100mm~150mmが標準で、それに比べると小さすぎると言う指摘は教科書的には正しいが、大学教授はこれだから困る。なぜかというと使用する降雨形は1日か2日の連続降雨で最大雨量がひと山のものを対象とする事が多い。そして降り始め以前は晴天が続いていたという設定である。



 この状態で雨が降り始めると、山地の場合、最初の100mm程度は地下に浸透して表面流出とならない。ところが毎日のようにしとしとぴっちゃんと降っていて、突然集中豪雨に襲われた場合、すでに山の保水力は満杯である。最も危険時を想定すれば飽和雨量0でもおかしくないのだ。この辺のいきさつを説明できる専門官はいないのか。国交省も肝心かなめのデータを隠すようでは、ダムを大きくするために、飽和雨量を少なめに見積もったと言われても仕方が無い。民主党は「公開が売り」なのに、自民党より秘め事が多いではないか。



 ものが防災事業だから、最近の異常気象を考えると、安全率を大きめに取った方が住民は安全である。ダム反対派の山林系学者はグリーン・ダムとか言って、山林の保水力をアピールするが、短期降雨には効き目がない。むしろ数カ月~数年かかってでてくる湧水のように長期流出に山林保水機能は発揮されるのだ。利水ダムとしてなら、何の反論も無い。



 計画当初から半世紀もたっているから、何度も計画が見直され、どれが最新の計算書なのかわからないと言う事もあるだろう。それでも隠しては駄目だ。正々堂々と世間に公開し、皆が(反対派は別)納得すればいいではないか。一般的に、計画高水量は100年に1回とか200年に1回生起すると考えられる降雨に対して、つまり確率雨量に対して色々な手法で計算想定されるが、ダム流域の集合体では貯留関数法は解析としては妥当であり、そのパラメーターとして使用する「飽和雨量」の決定は重要である。国交省はこの算出基礎を隠してはならない。



 また、なんとか規模を小さくしようと考えている向きには、仮にそれ以上の洪水が発生した時、責任がとれるかと聞きたい。事は人命にかかわるのだ。軽々に経済論を混入させてはならない。国防にしろ、防災にしろ、可能な限りの手立てを講じる事こそ、今の日本には求められているのだ。


おまけ)http://www.youtube.com/watch?v=28b7S9tbf3g