雨で寒くなってきました・・・
梅雨入りかと思う天気。
KYとか・・・空気が読めるとか読めないとか・・・昔は小さな集落の中でコミュニティの問題として
空気感が一種の教育として伝えられてたのかもしれないです。
今はその場が醸し出すもの・・・捉えようのない何か。
そんなものに翻弄されながら生きている現代人。
集落としての伝統的空気感が小さな頃から教え込まれていたから顕在化しなかった問題が
今ここにある。
周囲の様子を感じ取りながら恐る恐る行動することは決断を遅くします。
強引で決断の早い人間はKYとしてその周囲のムードからスポイルされるか、カリスマになるか・・・
そして空気を読みきれなくて行動できない人間もスポイルされていきます。
敏感であることが大切とされ、敏感であるがゆえに苦しむ時代になりました。
価値観の多様化は自分の強い意志がない人間を迷いの森へと誘い、
苦しみの世界への入場券を渡すのかもしれません。
敏感でないから、KYだから決断が早いのかもしれない自分。
その一方でどんどん選択肢をバッサリと削り、自分の可能性を狭めて自分を追い込んでいるのも
自覚しています。
雨の冷たさだけが皮膚を通じてリアルな現実との接点のような感覚。
ひとときでも解放されようと酒を煽る。そしてまた自分は現実との間で曖昧になるのです。
大人になりきれてないですね。