高垣氏と共にサザンはレコーディングに入ります。
高垣さんはレコーディングの日程と同時に斉藤ノブさんという
パーカッショニストを紹介します。
現在ではノブさん’Sなどでおなじみの超一流ミュージシャン。
彼によって「勝手にしやがれ」と「渚のシンドバッド」という当時の
ヒット曲のタイトルを合わせた「勝手にシンドバッド」は単なるインパクトの
ある曲ではなくリズムアレンジがまさにラテンのリズムに変わっていくのでした。
レパートリーの9曲を録音し終わって、もう1曲欲しいということで急きょ作られたのが
「恋はお熱く」こうしてファーストアルバムは完成していきます。
10曲録音し終わったところでスペクトラムの新田一郎さんがブラスを数曲に入れ。
別れ話は最後に にもスペクトラムの兼崎ドン平さんがフリューゲルホーンを入れたことで
美しいボサノバに仕上がりました。
レコーディングが進む中、事務所探しは難航していました。
宇崎竜童さんの事務所には断られ、しばらくしたある日、レコーディングスタジオに
いかにも業界人という人が現れます。
それがアミューズの大里洋吉さん。キャンディーズの引退までをプロデュースした人で
原田真二さんのための事務所アミューズを頼まれて作って1年弱でした。
キャンディーズに奔走しているうちに大人気になった原田真二さんは自分を構ってくれないと
思ったのかアミューズをやめます。
大里さんは原田真二さんの面倒を見るための事務所で人も雇っていたため、次なる新人を
探すことになります。ここでお眼鏡にかなったのがサザンオールスターズ。
中でも「勝手にシンドバッド」のインパクトをお気に入りに。
元々、高垣さんもサザンのメンバーも「別れ話は最後に」を1枚目のシングルにと
考えていましたが、大里さんの意向もあり1978年6月25日サザンオールスターズは
「勝手にシンドバッド」でデビューすることになります。
1978年8月25日にはファーストアルバム「熱い胸騒ぎ」もリリースされるのでした。
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