■2021/12/20(月) 新明月記 第34話「憤りと深い悲しみと」晴雲秋月 第43話「勢州、刻をこえて」
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壬寅 四緑先負 晴
まずは1曲。
TBS系月曜ドラマ(ナショナル劇場→パナソニックシアター)「水戸黄門」主題歌・『ああ人生に涙あり』
★まーた性懲りもなくテレビの連中が、今日のカンセンシャは3X名、前週の同じ曜日から2X人増などと云って、キョーハクしているよ
★オリンピックのころは、確かトーキョーだけで4千だの5千だのという数字だったよね
★バカは騙せてもこのあたしは騙せないんだよ
★昨年春以来、一体何人の方と見解の相違でひとりまたひとりと決別を続けてきたのだろう
★今また、「やっぱオミク□ンは怖いよ…」と云って、貴重な同志があたしの元から去っていこうとしている
★心底尊敬できる年長者に恵まれなかったのが、あたしの人生上のひとつの不運であったのだが、かつて短期間籍を置いた組織で出逢った、数少ない尊敬できる年長者であったF課長はこう仰った、「人生2割満足8割妥協」と。
★しかしながら、この件に関してだけはあたしは強いのだ。妥協する気は一切ない。
★これだけは、覚えておくがいい。いつまでもあんなショボイもんが怖い怖いでは何年経っても収束しないし、自暴自棄になってヒー付ける馬鹿者の発生や、あたしから見ればまだまだ輝かしい将来があるはずの若者が悲観のあまり、自ら…… という悲劇は増えこそすれ減りはしないと。
ここで1曲。
櫻坂46で『BAN』
☆今あたしは深い悲しみに包まれているのです
☆黒歴史として封印した、80年代前半のささやかな楽しみのひとつが松田聖子さんの歌であった。
☆しかし、1985年1月『生まれ変わったら一緒になろうね』との名言残し郷ひろみさんと破局、その舌の根の乾かぬ内に神田正輝さんと婚約したのには大いに憤慨し、一挙にアンチになったのです。
☆そして、1986年10月、神田沙也加さん誕生。その頃には、いつまでも腹立てているのもアホらしいと、聖子さんには無関心になっていて、当然お子さんに罪はないので、沙也加さんに対して悪感情を抱いたことは一度もないのです。
☆流れが変わったのが、1998年のビビビ婚。「やっぱりこの人はスゴイ人だ」と松田聖子さんを再評価し、「一介のママドルに非ず。スキャンダルすら芸の肥やしにする、唯一無二の松田聖子というブランドを確立した本物のスタア」と一目置いてきたのです。
☆円熟の域に入り、このような大きな悲劇に見舞われるとは誰にも想像できなかったことで、言葉もありません……
☆20年前、神田沙也加さんは一部の人から七光り十四光りと揶揄されたのは事実です。しかしながら、その後、努力して実力でミュージカル俳優の地位を勝ち取ったのです。
☆今の若い衆の中には、昨日12月19日の報道で初めて沙也加さんが聖子さんの娘であるのを知ったという声が少なくなかったのがその証左なのであります。
☆静かに冥福を祈るのが正しい態度なのかも知れない。けれども、あたしは神田沙也加さんの才能を惜しみ、この現実を受け入れるのが、まだできないのです……
★10年来の親友たる尾張守どのが他界した時より悲しいのはなぜなんだぜ
★19年前1ヵ月だけ付き合った元カノが他界した時は、当然もっと悲しかった。だってオレが■したようなものだったからナ。尾張守どのの他界にあたしは何の責任もないのですからね。
★何月のことだったか、記録にないし思い出せないんだけど、豆州(矢島伊豆守)どのが予州(永川伊予守)どののパートナーに、わざわざ呼び止められて、何を聞かれたか知らんけど、話をしたのは何かウラがあるかも知れんよ。くっくっく。
★そして先ほど、都督将軍足利万菊丸様(御年三歳)からFAXが入った。
この戦いは負けだ。だが我々は降伏文書に調印しない。ゲリラとなって戦う。伊勢守は、次の如き声明を出されよ。
『そうだ!お前は勝った!勝った者は生き残り、負けた者は地獄へ堕ちる。しかし、これだけは覚えておくがいい。勝った者は常に負けた者達の恨みと怨念を背負って生き続けているのだ。それが戦って生き残っていく者の定めだ!』
★勢州(松野伊勢守ジェイド)は呆れた。「これは誰かが万菊丸様の名を騙って書いた物だ。ウルトラマンAの女ヤプールの台詞そのままだ……」と云々。
>ブリしゃぶ鍋したことある?
ないから、してみたい。
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松野ジェイドのmy Pick
前回の記事にいいねありがとうございました
お別れはこの曲。
フジテレビ系月曜夜9時枠の連続ドラマ「天気予報の恋人」(2000年)主題歌・浜崎あゆみで『SEASONS』
最後までお読みいただきありがとうございました。
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