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ご存知江夏豊さんです。

阪神時代からその存在感は凄かった。オールスターでの9連続三振はテレビで見ておりま

した。また金田正泰監督ともめていた事もありました。当時の阪神は優勝出来なくても巨

人に対抗する一番手と見られてました。選手それぞれ個性的な人揃いで監督は大変だった

でしょうね~。その江夏さんを当時の吉田監督がトレードに出しました。そのことをかな

りあとまで怒って吉田義男だけは許さないと本などで言っておられました。

南海時代に野村さんと出会いリリーフに目覚めその後広島で日本シリーズでの「21球」

に繋がる活躍をされる事になります。

広島には3年間在籍し2度の日本一になられました。広島時代はよく見てましたけど結構

打たれていることもありました。しかし古葉監督は江夏と心中するというような覚悟でた

とえ怪我している時でもベンチ入りさせていたということです。その古葉監督が昭和54

年日本シリーズ最後の土壇場で先発投手をリリーフの準備のためブルペンに走らせたこと

がありました。これはあの21球のドラマの中のひとつの大きなエピソードですね。これ

は「勝つため」と言うことを考えれば仕方ないことかもしれません。しかし最後まで心中

だという気持ちで動かないというのがよかったんですけどね~。江夏さんはこの時の事を

かなり不満に思っておられたようです。しかし昭和59年阪急との日本シリーズで当時の

リリーフエースだった小林誠二に大野をリリーフに出し見事にブーマーを抑えた場面を見

た江夏さんが「古葉さんの野球は勝つために全力を尽くす野球なんだ」と言って自分にリ

リーフを用意したことにも納得したというような記事をスポーツ新聞に書いておられまし

た。また「広島時代が一番幸せだった」ということもよく言われておりこれは非常にうれし

いですね。

江夏さんは写真のナンバーと言う本にも書いてありますけど一匹狼と言うイメージですよ

ね。以前汽車で移動中の広島ナインを写したテレビがありましたがその時も江夏さんだけ

2人用の席に1人で座ってました。この人は普段から群れてないんだなと思いました。礼

儀は大事にされるけれども年が上でも自分より後にプロ野球に入った人は呼び捨てで呼ぶ

というところもあるようでそういうところは誤解を招きそうですね。阪神、南海、広島、

日ハム、西武と渡り歩かれましたけど大変な功労者であるにもかかわらず最後は後味の悪

い形でトレードや退団になるという不運な面もありましたね。阪神対西武の日本シリーズ

の解説で田淵さんと江夏さんが並んですわり田淵さんが「どっちも勝つといいですね」と

言っているのに対して江夏さんは「どっちも負ければ面白い」と言っている漫画がありま

したがこれは2人の野球界でのあゆみを象徴しているようで面白かったですね。

監督という声は聞かないですね。しかし成功するかどうかはさておき張本勲さんと同様1

回やってるところを見たいですね。