1980年代前半にヤクルトの監督をされた武上四郎さんです。“ケンカ四郎”というの

は現役時代の武上さんについた呼び名です。その名のとうりかなりの元気者として有名で

した。監督としても選手以上に自分が最前線に立つというイメージのある監督でした。監

督1年目は2位になられたのですがその後は4位6位6位そして途中退任とかなり悲惨な

成績でした。当時のヤクルトは松岡弘氏や大矢氏が引退する時期でバッテリーがかなり弱

くなりつつある時でした。監督が「酒井、鳥原、倉持」と必死の投手リレーをするけど効

果なくこてんぱんに打たれるというシーンがかなり見られました。当時のCMヤクルトタ

フマンに引っ掛けて「多負マン」と揶揄されてたのを覚えています。しかしこれはテリー

伊藤の「ダメ監督列伝」にあるんですがオーナーからはかなり愛されていた方でした。当

時の新聞記事を覚えてますけど武上さん自らが自信をなくして辞意を漏らしている時でも

オーナーが「来年は武上の勝負の年だ」とぶち上げているということがありました。松園

オーナーは巨人ファンではないかというようなことを言われるほどのユニークなオーナー

でしたね。

武上さんはその後巨人のコーチとしていい仕事をされました。「鬼軍曹」とか「突撃隊

長」という異名がつきそうなタイプでしたね。

また作家のみうらじゅん氏のおじさんということですが全くイメージが違うのが面白い

ですね。