この方は昭和40年代後半の4大関の1人でした。私が相撲を見始めた頃は大麒麟はすで

に大関でした。大関になる前の麒麟児時代などのフィルムが流されることがありますがそ

れを見ると若々しくて生きのいい相撲振りに思えました。大関になられた後の印象として

は体が柔らかい太鼓腹の力士と言う印象でした。当時の4大関は無気力相撲等のことが言

われやたらといつも叩かれていた気がします。だいたい大関と言うのは横綱になるような

人でない限りはいい成績を納め続けることは難しいですよね。大麒麟さんについては場所

が終わった後で見ると優勝に後一歩だったと思えることがあっても場所中は優勝争いに絡

んでないことが多いと当時解説されてました。この方は引退後にいわゆる“押尾川独立騒

動”で話題を巻きました。天龍も押尾川について行きたかったようですが認められず結局

廃業しプロレスラーになりました。そうしてよかったですよね。相撲にいれば早ければ

20代で年寄りと呼ばれる立場になってしまいますからね。