この方は小沼と同時に十両昇進を果たし鏡山親方(柏戸)が育てた初の関取となりました。

小沼には遅れましたが1年と一寸で幕内にあがりました。しかし幕内ではなかなか勝ち越せず定着するま

で随分かかりました。

親方譲りの一気の出足からの押し、寄りが一番の持ち味でした。幕に定着してからも上位で勝ち越すこと

がなかなかできなかったため三賞受賞が厳しかったですね。唯一の金星を挙げた北の湖戦が載っている相

撲の号を見ても得意の速攻で健闘しておるのですが一つ負け越してしまい三賞を逃してしまってますね。

蔵王錦から蔵玉錦に読みはそのままで改名してらっしゃいますが私の記憶でも民放の女性アナウンサーが

「クラタマニシキ」と読んだことがあります。

足がぼろぼろの状態になっている貴ノ花を立合いからの一気の速攻で寄り倒して引退を決意させた人でも

ありました。その辺がどんな時でも手を抜かない真面目な人と言うことなんでしょうね。