澤井信一郎監督の訃報を聞いて、想い出?の映画館のことを。
日比谷スカラ座。
旧・宝塚劇場の4階にあった映画館。
日比谷映画街と呼ばれていたころ、
日比谷映画・有楽座と並んで1000席越えのキャパがあった大劇場。
当時、3館が並んでいたころは、ほかの2館に比べ、
女性・ファミリー向けの作品が上映されていた。
もちろん、70mm上映可能で、東宝のチェーンマスタの3番手とはいえ、
大作の上映館のイメージがあった。
同じビル内に、東京宝塚劇場もあったし、
日比谷映画・有楽座の再開発の時には生き残ったおかげで、
(いや、初めて行ったときは、まだ日比谷映画・有楽座あった・・・)
お気に入りの映画館の一つだった。
2階席のない、ワンスロープの広ーい劇場で、
スクリーンもでかいし、ほんとに映画館って感じだった。
初めて行ったのは「ポルターガイスト」で、
横浜ではスカラ座の上映で、都内の数館だけが70mm上映で
満を持して?、日比谷スカラ座へ。
で、一番、ビビったのは、「ポルターガイスト」の映画本編ではなく
映画初めのMGMのライオンの吠えた声の迫力!
マジでびっくりしたのを、今でも覚えている。
その後も、スターウォーズの特別編の3部作上映の時も
足繫く、横浜から日比谷へ通ったものだった。
あそこだけは、エレベータに乗って4階に行くのが楽しかった。
話が戻って、なぜ、澤井信一郎監督なのか?というと、
澤井監督の代表作ともいうべき、「Wの悲劇」。
劇中の劇団「海」の東京公演の撮影場所が
チケット売り場が帝劇。舞台と客席が区内の公共ホール。
で、裏口が、スカラ座(というか、宝塚劇場)の裏口、というか非常口。
でも、ちゃんと撮影の際にはスカラ座の映画の看板を
劇団「海」の舞台「Wの悲劇」の看板になっていた。
たまに「Wの悲劇」を見ると、日比谷スカラ座を思い出す。
ついでに。
スカラ座へ向かって歩いていくと、劇場のあたりにすごい列ができていると、
やば、こんなに並んでるの??と思ってあわてて劇場前にいくと、
宝塚劇場の演者の入り待ちのファンが並んでいた・・・
で、何度か行ってるのに、行くたびにもしかたら、映画の客?と思って慌てる
というの繰り返していた。
1998年に閉館し、ビルを立て直し、
新しいビルになって、スカラ座は地下に復活したけど、
座席数が650席くらいになってしまい、
その後、TOHOシネマズとして、隣にできたシネコンにくくられてしまったし、
地下になってからはまだ行ったことがない。
あの、1階のチケットカウンターの上のあたりを覆うような
でかい看板をみるとワクワクしたもんだった。