1982年の年末公開、というか1983年の正月映画。
(集計的には1983年度に入るのだが)
この時、当時の興行成績を塗り替える超ヒット作が公開され、
1983年度通して、夏もヒット作がたくさんで、
斜陽といわれた映画界が盛り上がった1年となった。
本題に入る前に、この当時の映画興行について説明を。
このころは当然、いまのようなスタイルのシネコンは存在せず、
基本的に邦画のブロックブッキング(東宝・東映・松竹)と
洋画系のロードショー館とわかれていて、
洋画系は東宝系と松竹(東急)系に分かれていた。
このころは・・・
まず、東宝系は
日比谷・有楽町地区の
有楽座、日比谷映画、スカラ座、ニュー東宝シネマ1&2
みゆき座、あとはスバル座があって
これらを旗艦館として、公開規模や作品のカラーによって
新宿・渋谷地区やほかの劇場が追加されていくパターン。
それに対して、松竹系は
・渋谷パンテオン、新宿ミラノ座、松竹セントラル
・丸の内&新宿ピカデリー(いつのまにか東急名画座がレギュラーに)
・東劇、新宿京王、渋谷東急
・丸の内東映パラス、新宿東急&東映パラス、東急レックス
・丸の内松竹、新宿京王地下
というほぼ固定のチェーンに
池袋東急・上野東急や浅草地区の劇場が追加に。
で、本題に戻ります。
1982年12月4日に、スピルバーグの「E.T.」が公開され、
当時の興行成績を大幅に更新し、その後しばらくはトップに君臨していた。
公開されたのは、松竹洋画系の
大型チェーン、ミラノ・パンテオン系とピカデリー系の2つ同時に
その他の地区のチェーン固定でない劇場もフル稼働。
(実際には、丸の内松竹は「風と共に去りぬ」のリバイバル、
新宿京王地下で「E.T.」やってたんで、3系統使ってたともいえる)
それでも、公開~正月くらいまでは連日満員、アニメでもないのに早朝から上映、
ミラノ・パンテオンでは、ほぼ半年上映という快挙を成し遂げた・・・
前評判は異常なくらい高かったので、さすがに配給のCICも
地方1本立て、しかも首都圏と同時公開。
迎え撃つ東宝系は
東宝東和の「ランボー」(日比谷映画)、「地中海殺人事件」(有楽座)
コロムビア(現:ソニー)の「アニー」
流石、東宝東和はここぞというところでこのシーズン、
唯一のアクションと大人向けの娯楽先のセットでそこそこの成績で、
逆にファミリー層をターゲットにした「アニー」が
「E.T、」に食われて凡ヒット。
で、この時期、不思議になことに後はオオコケか?と思いきや
松竹系で「E.T.」と同じ配給会社の「愛と青春の旅立ち」
ダサい邦題と揶揄されながらも、主題歌のヒットと
こちらも唯一のロマンス(女性向け)映画でこちらも爆ヒット。
ちなみに、この時期だけでなく、この後、コケた映画の穴埋めで
他のヒット作と2本立てで繰り返し上映され、相当、稼働したはず。
もう一つは、東宝系 ニュー東宝シネマ1で
20世紀FOXにはめずらしい下ネタ系のコメディ「ポーキーズ」も
中ヒットとなった。
かくいう私は、横浜の相鉄映画で(本来は相鉄文化の公開だけど)
やっぱり、早朝から並んで見に行って、帰りは非常口から出たの覚えてる。
で、別の非常口階段から外へ、次回以降の上映まちの客が並んでいるというすさまじい光景。
ただ、この時は、ほぼ「E.T.」の一人勝ち状態だったけど、
この年は映画がたまたま揃っていたのか、
「E,T.」のおかげで映画に目が向いたのかはわからないけど、
この先、春と夏にもヒットや、コケたものやら・・・
1983年春に続く・・・