それほど裕福な家庭で育ったわけではないのだが、

蒲田のあたりに住んでいながら、

なんか高価なものや、ここぞというお買い物は

無謀にも銀座~日本橋の百貨店に行っておりました。

 

子供の頃、有楽町の駅から見える日本劇場の

丸みを帯びたでかい建物はすごい記憶に残っている。

 

ただ、子供の頃は日劇は映画館じゃなくて、

新宿コマ劇場とか、新橋演舞場のような

音楽?演劇?用の小屋だと思っていた。、

 

なぜか、子供の頃は、男の子が興味を持つような

ヒーローもの、電車、車とかに目もくれず、

歌謡曲を聞いて踊りまくっているような子だったそうで、

よく母から言われたのは、たまたま日劇の前を通りがかったら

お気に入り歌手の一人、水前寺清子の公演中で

気が付いた私が日劇のロビーまで入り込んでみたいと大泣きし、

恥ずかしい思いをした・・・とのことだった。

 

しかも、閉館間際に再度映画上映をメインにしていたけど、

あんまり映画館としての興味がわかなかった。

 

それより、日劇の地下にあった丸の内東宝。

館名からすると、東宝の邦画系の封切館とかと思いきや

実情は・・・アニメ・B級アクション・エログロ、なんでもあり。

松竹・東急系で言うところの「丸の内東映パラス系」か?

 

昔の新聞広告や、映画のチラシとかでみると、

東宝系のあやしい洋画の公開はたいてい、丸の内東宝。

なぜか、ニュー東宝シネマの方が、ちょっと格式高めな映画をかけてたかも。

 

なんか、丸の内っていう土地柄で、ちょっと猥雑な映画をかけてるって

背徳感があって、すげー興味あったんだけでど、行けず終い。

地下の映画館だったんで、外観や雰囲気もわからず終い。

 

でも、記憶の中にある日劇は、

経営の足しになるよう、格式ある建物をほぼ、覆いつくしていた

某電気メーカーをはじめとする広告サインの猥雑さ。

イトシヤやマリオンがあったあたりからすると想像できないけど、

あんかあれが有楽町駅前の私の記憶。