不信について考えてみた。
誰かを信じられない
ということはとても悲しいことだ。
そしてそれはゆくゆく誰からも信じてもらえない
というもっと悲しい事態を招き、
どんどん人は独りになってしまう。
ただ、そんな中でも自分を信じてくれる人、
温かい言葉をかけてくれる人がいないわけではない。
それでも「誰からも信じてもらえない」と感じるのは
「相手が自分を信じている」ということを自分が信じていないからで、
結局私が蒔いた不信の種が芽を出しツタを伸ばして
私自身を縛っているだけだったりもする。
結局どれだけ私が周りの環境を悲観したところで、
全ては私に起因しており、
また、全ては私の思い込みが織り成す妄想なのかもしれない。
そう。
これは全て私の頭の中で起こっていること。
この日記は誰に宛てたものでもない。