センセーズ10周年アバンギャルズ20周年-3 | イッセー尾形・らBlog 高齢者職域開拓モデル事業「せめてしゅういち」

センセーズ10周年アバンギャルズ20周年-3


 

4 学校と徘徊

 

その1 母のデモ

 

玉田先生と北神ワークショップのイヌイさん。イヌイさんは痩せていて背が高く、目立つ風貌の持ち主。楽屋ではそうじゃないけれど、舞台にあがると頑固な顔つきをすることが多い。

玉田「お母さんお疲れさんでしたね。なんや、デモ行ってたん?国会とかようけ人いたから大変やなかった?」と険しい家計にもかかわらず社会正義のため、環境問題のためには、突進していくらしい母をねぎらう。利かん気の子どものように口をまっすぐに結んで、何を言われるのか待ち構える母。

玉田「お母さん、ご飯置いていったやろけど、このうち、コンビニとかの食べ物あかんやろ。そやけど、置いてあったの、すぐに食べてしもうて、のうなったんや。」

さて、そろそろ、母の声も大きくなり、公務員やから学校が迎えに行けと言い募る。玉田先生の声も大きくなってくる。もはや、どちらの罵声か聞き分けもつかない。

 

前から餓死と凍死はするなと言うてあるから大丈夫や!おまえにアホ言われとうないわ!おまえが迎え行けいうとんじゃ。わしらが行くのは違うやろ。おまえ、母親やろ!勝手に帰ってくるわ!公務員どうし話つけたらええやん。何言うとんや、やくざのなわばりとちゃうぞ!ええかげんにせえよ!

 

とてもこれ以上文章に起こせない。どうぞ、ご想像ください。舞台上で本気声のやりとりが展開し、稽古中、みな口あんぐり。でも、なぜか目尻を赤くする人もいた。一頻りの怒鳴り合いがどちらともなく終わり、玉田先生は今の怒鳴り声はなんだったかというような静かな声で、

玉田「な、俺の車で迎えにいこう。あいつ、服も靴も濡れとるらしい。用意したり。」

無言で膝をつき、整理ダンスから着替えを準備する母親。

車で待っとるからな。と先に出ていく先生。

やがて、一息ついてあとを追う母親。

 

玉田先生とイヌイさんが組んで、舞台上で先生が描写した母親にイヌイさんがやり返してできたシーン。なんの打ち合わせもなくできあがることが、このワークショップではもはや当たり前だけれど、通常は当たり前ではないよね。先にせりふを言われた方はとっさに反応して、しょうもない正義感で自分を必死で守る母親を舞台上で造形する。しかも、演劇的技法を使わないという縛りが課されている。

このお母ちゃんは違うかもしれないけれど、社会的な資源をどう使ったらいいかわからない人もいる。生保を受けるような段階にたどり着けない人もいるということ。怒りを吐き出す相手をやってくれなかったら、お母ちゃん素直になることもできない。でも、大抵の先生は、こんなことは言うわけがない。現場で聞いていただきたかった。これも日本のファンタジーなのだ。現実を生きる母親の心細さがふと、自分の背中にくっついているような気がして、後ろを見たくなる。悪態ついても一人、かも。

 

 

その2 街のうわさばなし

 

北神ワークショップを代表する関西のおばちゃん2人。ナカジマさんとイケガミさん。なんだか、うちの最寄駅から出る赤いコミュニティバスの待合ベンチで、こんな話を聞いたことがあるようなデジャブが起こる。うち、東京やけど。

イケガミ「あのさー、昨日、娘が残業で遅くなるからって迎えに来てって言われていったんよ。そしたら、いるんよ。中学生くらいの男の子。商店街にさ、あっち覗いたり、こっち覗いたり。あれ、マサくん違うかなと思うのよ。」

ナカジマ「私もね、今朝早くに駅のそばで見たのよ。マサくんや思う。あの子ね、うわさやけど、お父さんの暴力でお母さんと九州から逃げてきたんやって。」

 

狙いは、寝屋川市の事件のようなことがどこにでも起こるはずという、そんな空気を作り上げるシーン。この2人は細部を話し出すとそっちへぐらり、マサくんのことを話すために持ち出した事態を丁寧に話し込みながら説明する。相当に話題からはずれていくのに、話しの中心は大きく楕円を描いて、また二人の中心にやってくる。うわさは冷たくない。見知らぬ男の子に本当は声かけて、おにぎりくらい与えたいと思っている。ちょっとやったら、うちでジュースとか飲ませてもいいかな?でも居ついたりしたら大変やし仲間連れてきたら一大事、お母さんが怒鳴りこんでくるかもしれないし。

深夜徘徊する子どもたちを見てる大人は、本当は声かけて、おにぎり食べさせて、「はよ帰りな」って和やかに話してみたいんだと思う。

ナカジマさんはワークショップ稽古のたびに、美味しいケーキを焼いてきてくれる。毎回違うケーキ。イケガミさんもおにぎりをたくさん握ってくる。でもって、できるだけ机の隅っこに隠すように置く。駅前で徘徊している子をみたら、そりゃ、お腹を満たしてやりたいと思うにちがいない。

 

 

その3 女子の徘徊と女性教師

 

養護教諭の岡田先生がセーラー服を来て、徘徊する反抗的な女子中学生を演じる。相手をするのは木田先生。

保健室にやってくる子どもたちは、家庭でも教室でも見せないあれやこれやを遠慮なく話す。保健室の先生は、時に子どものために沈黙を守り、時に遠くから同定しておいた保護者に子どもさん要注意とそっと伝える。職員会議では多くの場合にこにことしているけれど、担任は困り果てたら保健室にきて、愚痴を言うだけでなく、生徒の情報収集をしていく。なのに、保健室が生徒を甘やかすと目の仇にする教員もいる。情報通なのに、すべての学校スタッフと等距離を保たなければいけないという結構難しい立場なのだ。

お芝居では、岡田先生が深夜徘徊し、プチ家出を繰り返す。それを説教するベテラン女性教師が木田先生。これがまあ、ああいえばこういう女子生徒をじらすやら、ころがすやら、ずらすやらして、結局掌でよしよししてしまう。

 

 

その4 保護者の代理

 

一昨日の北神公演で福祉課の公務員をやり、笑顔で「規則ですから」を連発しまくったヤマニシさん。今回は生徒のことで保護者を呼び出した教師の設定。そこへご存知、リーさんとマツオのコンビがやってくる。あれあれなシーン。知らない人のために念のために記すと、リーさんは、これまで巨体で睨みを効かせる体育教師とか、巨体で言葉が苦手な生徒や、巨体で言葉が苦手な保護者役でセンセーズに欠かせない人材。普段は大きなトラックを運転している。楽屋では、名古屋や横浜での大掛かりな舞台設営の資材運搬の話をしてくれた。韓流スターの裏方は、韓国語話せるスタッフだけで構成されているとかなんとか。楽屋ではよく喋るんです。

 

で、いつも口が重いリーさんの代弁をする役回りのマツオは、舞台では縦横無尽にセリフを作り、軽くて人を上げたり下げたりなんでもできる役柄なのだけれど、稽古中や楽屋では人の話を腕組みして聞いていることの方が多い。こういうこぼれ話的なエピソードを待つ人もいるだろう、アバンギャルズ。

 

端正に座っている女性教師のもとへやってきた2人。座れとも言われないのか、とまず文句をつける。教師もおたおたしないところが、育ちの良さを思わせる。リーさん、薬漬けなんやぞ、と脅し、処方箋の薬やけど、と落とし、また、リーさん注射うちまくっとるぞ、と脅し、ここやぞ、とリーさんのつやつやとした半球形の腹をまくって見せる。どうやら糖尿病のインシュリンらしい。息子の行状にかこつけて、この2人ブイブイいわしたその昔の学校にやってくるのが嬉しいのだ。交わることのない領域に住む保護者と教師だけれど、動じなさでは、お互いに譲らない。

 

 

その5 かつての優等生が学校に来た

 

不良にとっても学校が居心地のよい訪問先ならば、優等生にとって学校は一層落ち着く場所であるはず。職員室には好青年らしいスーツ姿の男性と玉田先生が座っている。玉田先生の座り方から、親しい人間とわかる。とすると、卒業生だ。どうやら、この学年の出世頭のよう。でも、表情の硬さが気になる。しかも、ウイークデーの昼間に学校にやってくるということは、とすでに玉田先生は、何かあったろうとあたりをつけているはず。あにはからんや。

 

健太郎「産業医から休んだ方がいいですね。と言われました。それが半年前です。」と、とつとつと話し出す。玉田先生は、もう腰を据えて話しをきいてやる態勢に入っている。

会社に行けないけれど、そのことを妻にも話せない。毎日作ってもらった弁当を持ち、会社の近くまで行き、1日を潰して家に帰る。と、一旦話し始めたら、ちょっとした躁状態のように、嬉しげに話し始める。うわさで、大きくなった息子や娘もそれぞれに成功への階段を上っていると先生も知っている。話しを向けると嬉しそうに諾う健太郎。自分の置かれている状況と家庭の進み行きが完全に乖離したまんまで話される。

職員室に寄った先生たちも、嬉しそうに声をかけて、立ち話したいふうを見せるが、そこは玉田先生が、鷹揚にうなづいて、ゆるく追い払う。

 

話しは中学時代に健太郎が不登校になったときのこと。野球で嘱望されていたのに、肘をいため、学校にも来られなくなったとき、毎日先生が家を訪ねてくれて、やがて登校を開始できたこと。そうか、彼は学校にくることによって、もしかしたらまた会社に復帰するきっかけが得られるのではないかと、わらにすがる思いで来校したのだろうとわかる。

自分の弱さを認めることができないでいる限り、回復は難しい。そういうことを経験則で教師はよおく知っている。

 

前を向いてさらに明るく、

健太郎「また、野球やろうと思うんですよ。」

と立ち上がり、ピッチャーマウンドで投球フォームに入る。が、前に足を踏み出したとたんに、痛みに呻いてくずおれ、やがて泣き出してしまう。

ここからしか始まらないよね。始まるといいよね。

 

そして、部活も今日は終わりにし、職員会議が始まる。

 

 

5 職員会議

 

意見はないですか?と教頭が見渡すけれど、求められた先生たちは、みな、その意見に賛成です。というばかり。もはや、賛成のその意見とは何かがわからない。結局何が決まったの?と校長がいうけれど、うやむやになってしまう。と、そこへ調子の良さげな営業サラリーマンがカバンを抱えて職員室にやってくる。闖入者だけど、なんとなく、ほっとした空気にもなる。

宴会担当の小濱先生が、引き止めて職員会議の中でメニューを披露してもらうことになる。

折り目正しい営業は、北神にきているマツオカさん、本気のホテル宴会担当営業ばりばり。あまりにも演劇的な彼の営業の流れは、見事にこの芝居にはまるのだ。

「校長先生は、お肉がだめときいていますので、あわびのステーキに変えさせていただく予定です。」とたたみ込む。ほーっという表情の校長に、主任クラスの玉田先生がじゃ、俺も、あわびで、というと、空気を読まない若手水野先生が僕もあわびで、と挙手をして顰蹙を買う。さっきの会議とは異なり活発に発言が起こる。

で、もう一度会議に戻るが、もはや、何を決めたかだれもわからない。

先生たちの人間味のある時間に、ほっとする。