森田雄三Mws#29 富山のばあちゃん一時帰宅2014 | イッセー尾形・らBlog 高齢者職域開拓モデル事業「せめてしゅういち」

森田雄三Mws#29 富山のばあちゃん一時帰宅2014

スターダストレビュー根本要さんが共演してくださった2014年2月富山公演です。根本要さんのMCから始まります。



「ぼくはなんとなくナビゲーターする役なのですが、壊れたナビを使っているような感じがするかも」と要さんがいきなり笑わせる。もちろん、ナビが壊れてるというより、この演劇は、時として、道なき道を突き進むことを客に要求するからだ。「これから富山の素敵な人々。幾つかのお芝居が展開されています。一幕一幕ごとに歌にして表すというか、即興のようなもの、をやってみようと思います。」要さんのMCは、困ったような、でも安心のある表情。客に、自分の困難な立ち位置を示しながら、でも、その困っている状況を楽しんでいるのだと明確に伝える。

 「今日の気分で、わからない歌から」


 富山の素敵な人々

いったい、何が起こるのか。

ただ難しいのが、ことばがよくわからないけど、

さいごまで楽しませてちょうだいね 

即興で、メロディをつけて歌ってもらえただけで、演じ手の気持ちも歌に飛んでいき、一瞬、緊張を忘れていたのじゃないか。客は歌にのって次に明りを当てられた下手の置き舞台にやさしい目をそそぐ。



1 老老介護

 紺の作務衣姿の短躯で丈夫そうな歯をしていそうな爺ちゃんと、その前の長椅子に座らされて膝毛布の女性。やがて、せりふからその女性が爺ちゃんの連れ合いの婆ちゃんだとわかる。メイクもかぶりものも記号的な老人の格好ではないが、すぐに気にならなくなる。


「爺ちゃん、仏壇の方むけて」爺ちゃんは座布団ごと90度上手がわに回転させながら、「かるうなったな」と、芋の袋が空になったときに言うような感じで言う。

婆ちゃんは仏壇に上半身を折って拝む。ここで客席が一斉に笑う。この笑いはなんなのだろう。なんのケレンもないところで客が揃って笑うことの多い芝居である。おそらく、富山において、毎日繰り返される仏壇や神棚への拝礼が、演劇という非日常の枠組みに登場したことへの、てれというか意外性なのだろう。


「今度窓の方」とまた、不自由な身を連れあいによって回転させる。爺ちゃんに介護されながらも、行き過ぎだの、どこが窓や、だの、文句はいちいち健在である。意地の悪い声も。

2人揃って、正面を向きスガスガしい表情で遠くを見る。

爺ちゃん「薬師、雄山、剣。室堂の小屋がみえる。よう登ったなあ、あれ縦走したな。」婆ちゃんの方に屈みこんで、室堂の小屋を教えようとした爺ちゃんに、婆ちゃんは顔をしかめて「爺ちゃん ソースくさいが、なに食べた。もう、いっつも言うとろうが、口くちゃくちゃ食べたろうが。」


しまったとばかり、背筋を跳び起こして爺ちゃんは「年いったらそんなもんや。歯悪なったでな。若い時はビールの栓、歯であけたもんや。」と自分を慰めるように言い訳するが、婆ちゃんは畳み掛けるように「じいちゃんよ。穴の空いた靴下はいて。」といかにも困った嫌げな憎々しい表情をする。


「爺ちゃん、犬飼うか。」

「だれ世話するが。」

「あんただろうが。」

「あんまりでかいがいやや。小さいのでいいが。」と、飼うはずもないのに、2人の間でサイズの折り合いがついていく。


「爺ちゃん、あんた、月子覚えとろうか。」

月のきれいな晩に、背戸の田んぼで一人月を見ていたら婆ちゃんについてきてそのまま飼い猫になった月子。月子のようすをまねして和やかな表情をする2人。爺ちゃんも、婆ちゃんが長い入院生活を送る間に毎日庭の雀に餌をやり、あるとき餌の時間をずらしてみたら、雀が縁側のガラス戸をくちばしでつついた、と報告する。



「爺ちゃん、洋一はどうなっとるか。」

とようやく息子の話題を出すことができる。

「何もないのは元気な証拠や。あんなもんがなんか言うてくるとい、ろくでもないが。」

「母ちゃん、車買うがに金くれと。おら、どんな体しとるかと思うて、言うがか。」

客席が共感する。半分は親の立場で、半分は子どもの立場で。



「爺ちゃん、背中かゆい。」

と背中に手をいれさせると「あれ、ちびたい手や」と容赦なく文句を言う。

やがて痒いところとは違うけど気持ちがいいと目を細めたのもつかの間。呼吸発作がおきる婆ちゃん。固まる爺ちゃん。



「おらあ死んだらどうする。」

「なに言うてくれる。男が先に死ななどうする。俺おいて死んでもらわれんが。」「どうするがや。俺おいて。」

爺ちゃんの動揺には答えず、婆ちゃんはいきなり、


「うた歌ってもいいがか?」と断り、

 北の酒場通りにはあ♪

バトンをやりとりするように今度は爺ちゃんが

♪ 京都にいるときゃ京子と呼ばれたの♪

「ちごとるが、しのぶじゃなかか。」ともっともな指摘は外さずに、婆ちゃんは次の歌に移る。声は健康なときの声。ありったけの命を虫干ししているかのような。

♪ ひゅるりーひゅるりらら♪

サビしか出てこない婆ちゃんの歌を引き継いで

♪ ああ、富山工業高等学校♪

爺ちゃんも出身高校の校歌はしまいの部分しか思い出せない。どちらからともなく、

♪ 若い力と感激に♪


とこの歌だけは最後まで思い出せることに勇を得、やがて2人で腕をふるいながら続ける。

初めて顔を合わせて笑い合う2人。

場違いに健康な歌を力強く歌い終えるが、そこはもう二人だけの夢の世界でもある。

自分の両親がそんな風でいてくれたらと思わせる。