森田雄三 Mws#27 桃太郎の帰還 | イッセー尾形・らBlog 高齢者職域開拓モデル事業「せめてしゅういち」

森田雄三 Mws#27 桃太郎の帰還

雄三さんのブログ1月17日の記事にはいろいろな想起を掻き立てられました。「桃太郎と死について」というテーマです。雄三さんによると、桃太郎の元ネタとでもいうべき奈良時代のお話には、爺さんと婆さんが帰って来た桃太郎を迎えるために風呂を沸かしたとあるそうです。そして、それは桃太郎が本当は鬼に向かっていって、荷車の上の遺体となって帰ってきたのじゃないかと。その湯灌のための湯を沸かすというのが、雄三さんの想起。おじいさんがお話の最初に山で刈った柴は、湯灌のためのものとして使われたと。



その想像には、清子さんが、自分のお父さんのご遺体を湯灌で清めたことから、雄三さんのときもそうしてあげると言ったことも関連しています。

桃太郎は、定住者のコミュニティである農村から「冒険」に出て行く。それは、若き日の雄三さんの姿です。本人も自分を重ねてぴったりするイメージだと捉えています。



宝物を持ち帰ったのではなく、亡骸となって村に戻る。それは悲しい物語ではなく、最後に戻っていける父祖の土地があるという安心のイメージでしょう。雄三にとっての極楽図。



さて、雄三さんはブログでも日頃の言動でもワークショップの指導でも、日常の我々の常識をひっくり返して平気です。一方、前近代の色濃い農村の人と人の結びつきの強さやお互い様の生活を、肯定的に受け止めて、しばしば芝居のシーンとして使います。



そこで、「なぜ?」と尋ねてみました。「なぜ、金沢、松任から東京に出てきて、ふるさとの息苦しさを肯定する自己を失わなかったの?」と。以下雄三さんの答えです。



東京の一人暮らしで何度も追い詰められておかしくなりそうだった。まず金に行き詰まる。で、その時村の暮らしで染み付いた感覚で、無意識に自分を食べさせてくれる人を探した。


新劇で活躍した女優のYさんの実家は外交官。大奥様は裕福な商家の出。ほとんど住むように居候していた人間がいつも複数いて、一緒に食事を囲んだ。歌舞伎に連れていってもらったのもそのころ。で、金がなくなるとみんなでキャベツだけを食べることもあったけれど、それでも居候を追い出すようなことはなかった。大奥様が亡くなってそんな時代は終わったけれどね。



次に同じ部屋で暮らしたAの存在。彼は自身に性的な困難を抱えていて、彼の視点から性を捉えるようになった。彼は料理がうまかった。月末になるとかかった経費を折半しようと計算して言うのだけれど、「いや、今ないな」というと、そうかと言ってくれる優しい人物だった。



次は清子と結婚したからしばらく食べさせてもらった。こんなふうに田舎での助け合いの知恵で行動できた。ほかの東京の人間はそんな生き方があると知らなかったんじゃないかな。



「でも、田舎ではお互い様だから、何かお返ししないといけないでしょ。どうしたの?」

いや、田舎では、極端に変わっていると、もう責任や義務から解放された存在になるのね。まあ、村全体で最低の生活なら面倒を見るというのかな。俺なんか、成功して故郷に帰るってのできなかったけれど、極端に行っちゃったから、結局何かを返すって義務からも放免されたんだな。



という話し。雄三さんは金銀錦を満載にして故郷に帰るということではないにしても、松任山島では大人気です。桃太郎は財宝をもたらしたと言ってもいいのですが、雄三さんの故郷に帰るイメージは荷車に載せられた亡骸です。おじいさんおばあさんが沸かした湯で清められて西方へ旅立つ。そうして、床の間と同じ大きさの仏壇の住人になる。



そのイメージをしっかり持てることは、幸せの一つの在りようです。ワークショップ芝居には、死の床のシーンが挿入されることがよくあります。去年の11月の神戸文化センターの芝居でも、老人ホームであれやこれやつぶやく老女たちは、大ホールの天井に届くトスカを耳にしながら、ゆっくり頭を垂れていきます。そういう幸せの姿を私たちも内面に抱いていていいと思います。