どう評価されるかわからないが、一つのことにのめり込み、
それを信じて、道を作ってきた人がいる。
大きな第一歩はなんと35年も前。

最近になってようやく、刷新されたその業界で、
新しい視点をもった人にすくいとられて、少しずつ名前が表に出てきている。

壮大な歴史の流れを見ながら、黙々と一人、創作を続けてきたのだ。
彼とスタートラインを一緒にして時を過ごしてきた小さな苗は、
今やこんな大木へと成長した。
$- Rea's FRESH DELI --tree
めきめきめきめき!エネルギーにあふれてます。

彼がその対象に何を見ているのかは到底わからないけれど、
その大きな志が宿って、心を強くうつことは確かだ。
「一つの真実のかけら」が現実にあるんだ、という「希望」を感じさせてくれる。

何より、美しい。
背筋がしゃんとのびる美しさ。

「この良さは1万人に1人にしかわからないね。」
って、言うけれど。。

でも、
「皆に伝わるはずなんだ、伝えられるようでなくてはいけないんだ」
という切なく愛しい心の声が聞こえてきそうな、
信じる気持ちを見捨てない方だ。

自分に厳しく、周囲に限りなく優しい、
本当に人として可愛らしい方だ。
(ほんとは可愛らしいなんて形容したらいけないような大人物なんだけど。。叫びへへ)

かめ雫って柄杓付きの焼酎をお土産に持って行ったけど、
2時からのんで8時にはほぼカラ!
蚊取り線香の匂いが懐かしかったな。
ひぐらしの鳴く声って合唱じゃないんだね。
ゆっくりと耳をすまして、笑顔。

こんなペーペーに色々と貴重なお話訊かせてくださり本当にありがとうございます。
私の宝物です。
昨日の記事で、言葉にできていなかったことが今日思い浮かんだ。

>想像の世界ほど刺激的なものはなかった。
彼女となら、どこまででも、制限なく、漂うことができた。
私たちには今後体験しなくてはならないことが山ほどあった。限りなく沢山。

>「人生に必要不可欠なものはそう多くない。
シンプルな生活をして初めて見えてきた。」

こことのつながり。

貪欲に求め続けてきたからこそ、自分の器が段々わかってきた。
得意なこと、苦手なこと、よーく知っている。
自分に自信はあるけど、自分を妄信することはなくなった。

貪欲に求め続けてきたからこそ、あふれるものの中から、
好きなもの、嫌いなものを、心身共に納得した上で提示できるようになった。

すると人生のシナリオは自然としぼられてくる。

自分の道を心身ともに納得して選びとるために、
できる限り体当たりでやりたいことをやってきたんだ。。

しぼられてきたシナリオ。
でも、エンディングは?
また、そのシナリオの中で、貪欲に求め続けるしかない。
その中で、また選びとる時がきて、
どんどんとシンプルに、明瞭に、特別な存在感のあるものに、、、。

>私にはもっともっと勇気が必要だけど!

これは、勇気というか、覚悟なんだな。きっと。

理想のエンディング =( 器 + 努力 )+ 運。

足りないものを補えるだけの努力をする覚悟。
理想通りにいかなかったときでも納得できる覚悟。

この辺はまた改めて。
八方美人でいいこちゃんだった幼稚園の頃の私は「みんなに好かれる子」として大人には認識されていたけれど、実際には人見知りの意地っ張りだったから、本当に心を許して楽しくお話ができる友達はたった一人だけだった。Yちゃんとしておく。

今思えば、Yちゃんはすごく変わった子だった。
まぁ、Yちゃんとの話に夢中になってた私も相当変わってるというか、変態?!なのだけど。

こたつの中に二人でこもって、よく、夢の話をした。冬も夏も。
将来の話ではなくて、本当に昨晩見た夢、というかファンタジー。
それが、とても不思議なんだけれど、例えばこんなお話とか。

怖い男たちにさらわれて森の奥の小さな小屋にとじこめられて、柱に縛り付けられて裸にされて、うんぬん。。恥!

ネットも携帯もない時代にどうやって団鬼六もびっくりなお話をいくつもつむぐことができたのか。。笑
魂の中に前世の記憶が潜んでいたとしか思えないなぁ。。それを本能と呼ぶ?!

想像の世界ほど刺激的なものはなかった。
彼女となら、どこまででも、制限なく、漂うことができた。

私たちには今後体験しなくてはならないことが山ほどあった。限りなく沢山。

幼稚園を卒業し、小学生にあがる頃、私がアメリカに引っ越すことになったので、以降は文通を続けていた。
けれど、それもいつしかなくなり、気がついたら疎遠になってしまっていた。
一時帰国したときに2回あったかな。
小学5年生だった。そのときも彼女の部屋には相当無防備に女性用のエロ漫画がおいてあって!
「あ、変わってないな」なんてちょっと嬉しくなってしまったんだけど。
(いや、エロいことが、じゃなくって、あっけらかんとしたところが。)



そして、今27歳。

Yちゃんは医者になった。
今はちょっとした休暇中だ。旅に出ている。

で、ブログを書いてるっていうから読んでみた。

彼女の好奇心の旺盛さ、フットワークの軽さ、新しい体験への貪欲さ。
ちょっとミーハー、でも、生真面目で馬鹿正直な所もある。
現実を直視しながら、それでも無防備もいい所な体当たりで自由を求め歩く潔さと強さ。

やっぱり彼女のこと、好きだなって思った。
根底で通じ合ってたのはこういう部分だったのだと、
今感じてる。

「人生に必要不可欠なものはそう多くない。
シンプルな生活をして初めて見えてきた。」

って、思わず、にんまりしてしまった。
私にはもっともっと勇気が必要だけど!

そう、ストイックに見つめて行こう。
自分の人生を「正当に」に評価できるのは、結局は自分だけ。
ごまかしはきかない。

外から見た関係性は変わってしまっても、
通じてる部分はまだしっかりつながってる。

ずっと、つながっていると感じていたい。

初心。本質。使命とも呼ぶ?を忘れない。

今でも、とってもとっても大切な友人。
遠くから、すごく勇気づけられてるよ。ありがとう。

また、きっと、いつか。

時は来る : )