摘出手術はしない という選択

癌など摘出するに限る??

泌尿器科の医師がまず勧めるのは摘出手術。ご家族も「癌のある前立腺をそっくりとってしまうのだから安全確実だ、命は守れる」という思考から手術を切望されるにちがいない。患者が黙っていれば自然にダヴィンチで摘出に話が進むことになる。それで良いなら問題ないが、もし手術を希望しないなら毅然とした態度が必要になる。”摘出手術はしないという選択”は少数派ですから「なぜ切らないんだ」と、まわりに詰め寄られます。

 

医療機関はダヴィンチを低侵襲の理想的な治療として勧めますが、意外にも”摘出手術のメリット”はそれほど多くない。

ダヴィンチで摘出:メリット

精神的な安定:多くの方が選んでいる治療だから大丈夫だろう。最先端のロボットを使った手術であるという技術への信頼感、癌を含む前立腺をそっくり体外に摘出したという安心感など、精神面でのプラスも軽視できない。なぜなら、「とにかく一日でも早く癌を取ってしまいたい」、摘出しないと気が済まないという方も一定数存在するからです。

 

回復期間も短く低侵襲患者のメリットは、出血量が少ない、傷口が小さく目立たない、術後の痛みは少なく回復も早い傾向にあるなど、従来の開放手術に比べると低侵襲である。これはその通り。

肝心の根治性は担当医の技量次第:ダヴィンチの経験が豊富で研究熱心な医師であれば、従来の手術とそう変わらないかもしれないが、経験の少ない医師では根治性、合併症リスクなどの点で不安がある。

 ※実は、医師側にもメリットは多くある:従来の手術よりも術者の養成期間が短かくて済む、術中の医師の負担が軽い。出血量を抑えるには従来は緻密な手術が必須だったが、ダヴィンチの場合は炭酸ガスで腹部に圧力をかけているため出血量は普通に少ない。

 

チャンスは2度:手術後再発した場合でも救済放射線治療が受けられるのでチャンスは2度ある。しかし初回治療に放射線を選んだ場合には、放射線は同じ個所に再度照射できないので後がない。放射線治療はもしもの時のために残しておきましょう・・・とか言われるはず。これは泌尿器科医お約束の説得文言ですが、初めてこれを聞くと多くの患者はなるほどと納得する。
 

 ※チャンスが2度なら根治の可能性も2倍になるように感じるのがポイントだが、実はそうではない。手術の成績は初回の手術の成功率+再発後の救済治療の成功率とすれば、それが放射線治療を1回受けた場合の成績と、だいたい同じくらいとされる。そう、2倍ではないのである。それに再発後の救済放射線治療による治癒は医師が言うほど簡単ではない。奏効率は50%と言われるが「長期的には再々発が起きることもあるし、再発原因が転移と予想されるなら2度目のチャンスはナシとされ、継続的ホルモン治療が勧められる。

 

癌を取りきれさえすれば再発はしない:この点が手術の最大の魅力とされる。確かにその通りなのだが・・・「癌を取りきれさえすれば」という仮定での話であり、取りきれたかどうかは”再発しなかったかどうか”という結果でしかわからない。

 

再発が多いのは術後数年以内であり、10年以上とか長期間経過後に再発する症例は希であるため、この点において余命の長い若い方に勧められるとしている医療機関もある。確かに長期間再発しなかったならその通り。

 しかしながら、若い方が再発し根治できなかった場合は、生涯継続的なホルモン治療を受けることになる。ホルモン療法は男性ホルモンをほぼゼロにするため、男性にとって筋力や、骨密度低下など害が大きい。さらに問題なのは、その効力が平均余命よりずっと前に失われる可能性が高いこと。その点で若い方への適用は疑問である。

 

癌が小さく限局していることがほぼ確かなら:腫瘍が前立腺被膜にコンタクトしていない、悪性度が低い、陽性率が低いなど好条件が重なっていれば、摘出でも再発の可能性を低く抑えられるかもしれない。・・しかしながら、前立腺癌は多発性であること、画像検査で捉えられない腫瘍もあること、急拡大したダヴィンチの導入で未熟な医師も手術をしていると思われること。この点から考えて、限局癌と言われた場合でも”一定割合で再発する可能性がある”、ということをそっと胸の奥にしまっておく必要がある。

 

摘出した組織の正確な病理診断:摘出した組織から術前診断よりも正確に進行度や悪性度を知ることができる。
 ※術後の診断であるため結果が初回治療に反映できない。つまり後の祭りのように思えるが、再発治療の際には再発原因の推定に有用な情報となる。

 

リンパ節郭清:摘出手術と同時に行われる骨盤内リンパ節郭清(切除)によってリンパ節転移の有無が確認できる。また精嚢も摘出することから、精嚢浸潤に対してもある程度効果がある。
 ※より根治率を向上させるには、拡大リンパ節廓清が望ましいが、ロボット支援手術ではあまり実施されていない。

 

回復期間も短く低侵襲 チャンスは2度 癌を取りきれさえすれば再発はしない最も確実な治療法 正確な病理診断 など魅力的な言葉が並びます。これらの話は医師から聞くでしょうが、デメリットは詳しく説明されないかもしれない、続いて以下をご覧ください。

 

ダヴィンチで摘出:デメリット

前立腺を摘出しても、残存した腫瘍から再発する可能性がある:

前立腺に癌があり”その前立腺をそっくりとってしまう”のだから安全確実だ、と思われるかもしれないが、実はそうでもない。癌の悪性度によっては前立腺全体から外に少し腫瘍がはみだしている(被膜外浸潤)可能性がある。このような場合「腫瘍を含む範囲よりひとまわり大きく切除すべき」だが、それができない。大腸がんや胃がんであれば、より大きく切除することも可能だろうが、前立腺に限っては、前立腺に密着するように膀胱と直腸があるため、周辺臓器を避け、ぎりぎりのラインで前立腺全体を摘出するほかない。

 

摘出した組織の病理診断結果で、がんが切除面に露出している状態を切除断端陽性(Positive surgical margin:PSM)といい再発の危険が高いとされる。これは癌が存在する領域に切り込んでしまった場合であるが、術前に切除断端が陽性とならない手術が可能かどうかの予測はできない、または困難である。

 

医師は被膜外に浸潤した癌を目で確認できるわけではないため、術後に「前立腺を問題なく摘出できましたと」いう説明があったとしても、それが「癌をすべて取り除けた」ということではなく、予定通り臓器の摘出は完了したと言っているに過ぎない。

 

つまり事前に癌を取り切れるかどうかの予測は困難であり無事摘出完了=根治とは限らない。前立腺全摘除術は、切除マージンの安全域がもっとも小さい癌外科手術のひとつとされ、癌を取り残す可能性が常にある。

切前立腺全摘除術は、切除マージンの安全域がもっとも小さい癌外科手術のひとつといえる。前立腺尖部には外尿道括約筋が入り込んでいる。尖部腹側には境界なく陰茎背静脈叢が接している。前立腺近位部では輪状膀胱筋が接している。勃起神経は前立腺被膜の一層外側の層を走行しており、その距離は1mmもない。

日本臨床 前立腺癌病学 原林 透 2016

高いランニングコストかかり、病院の経済的負担が大きい

「ダヴィンチ」最上位機種で損益分岐点を達成するには年間約120件、低価格帯のモデルXでも約80件以上の手術が必要という報告がある。大規模な病院であればともかく、財政基盤が弱い医療機関ではこのシステムの維持費が負担となるかもしれない。このような病院では、患者の根治を最優先した治療法より、病院の採算性を考えた治療法が提案されるのではないかということが懸念される。

 ※ある大学病院の信頼できる医師にこれを尋ねたところ「うちは、そういうことはない」と断言されたので必ずしも採算性が優先されるわけではないが、しかし泌尿器科の科長は難しい判断を強いられている場合もあるかもしれない。

EDや高い尿漏れリスク:

運動もしているし同年代と比べても元気だから、自分に限ってきっと尿漏れはおきない、とお思いかもしれないが、たとえ若い方であっても尿漏れリスクはある。

 

手術の同意書で合併症に尿失禁とあるが、「およそ尿漏れはないが、念のための記述だろう」こう希望的に解釈される方もいると思いますが、そうではない。 根拠を示そう、以下は腹腔鏡下前立腺全摘除術(LRP)10年の結果を報告したものであるが、尿禁制率は12ヶ月で79%とある。12ヶ月経過後は尿禁制率があまり改善しないため12ヶ月の時点で評価したものと思われる。

 

尿禁制率79%なら比較的良い成績であるとは思うが、これは約8割に尿漏れがないのではなく、8割の患者はパッド1日1枚で間に合うか、必要なしという意味。2割の方はパッド2枚以上も必要としている。それでもこの報告では、”術後尿失禁および性機能は12ヶ月でほぼ回復”としていることから、病院側は”パッド1枚以下なら良好、2割の方に漏れが続くがその程度ならしかたない”と考えていることがわかる。

※尿禁制あり:尿漏れなしではなくパッド1日1枚以下と定義であることに注意

【結語】術後尿失禁および性機能は12ヶ月でほぼ回復し,その後の回復は緩やかであった - - 術後QOLの評価は自己記入型QOL(EPIC)を用いパッド1日0-1枚と解答した症例を尿禁制ありと定義した -- 尿禁制率は12ヶ月で79%となりその後は横ばいとなったが,EPIC尿失禁スコアは12ヶ月以降も緩やかな改善傾向を認めた

腹腔鏡下前立腺全摘除術の長期成績 星 昭夫, 寺地 敏郎

 

普段の生活で尿漏れはないがくしゃみをした時少し漏れる程度、と言う尿禁制が非常に良好な方がいる一方、1年以上経過しても尿漏れパッドが必要という方も一定割合で存在する。どちらになるかは、医師の技量や癌の広がり方によって左右されると思われるが術前にわかるわけではない

- - - 

医師から”EDや高い尿漏れリスク”があると説明されても、家族には「なによそれくらい」と言われるかもしれない、命を守るためには辛い思いをすることくらい仕方ないという思考からだ。しかしそれは違う、辛い思いをすれば良い結果になるというものではない、トレードオフの関係にあるわけではないからだ。体の機能を失うのを覚悟で摘出したとしても、再発という未来もあるというのが現実です。

 

実際、パッドが必要な生活が継続的に続くと想像しただけで憂鬱になる。現実に、温泉やゴルフだってしだいに行く気が失せてしまったという話しも聞くが、このような話してくれる人は少数で、多くの人は漏れること自体が恥ずかしいので黙っているというのが実態だ。

 手術では前立腺を内部の尿道ごと摘出し、膀胱と尿道を直接吻合するため、術前より尿道が数センチ短くなり陰茎が体内に少し引き込まれる。時間経過とともに復帰するとされるが個人差があり誰でも元通りに復帰するとは限らない。さらに勃起神経を切除した場合は、引き込まれた上に”ちじんだまま”なので、朝のおしっこさえしずらくなったと聞きます。

 

尿漏れくらいなに、というのは他人事だから言えることです。

摘出手術はしない という選択

このように調べてみると、出血量が少なく術後の回復も早いなど手術としては低侵襲です。尿もれやEDリスクなどの合併症も、癌を摘出するという目的のためには仕方ない面もあります。しかし本当に癌をすべて摘出できるのかという、肝心の根治性に関して事前の予測はできない、他の治療法に優れるとは限らない、この2点において”摘出手術は、しない”という選択も合理性のあるものだと考えます。

骨盤底筋体操

個人的な意見ですが、前立腺摘出手術において、術後医師からすべての患者に対して骨盤底筋体操をするように指示されていると思う。この中で一定割合の患者は、いくら骨盤底筋体操をしても尿もれが収まらないのだが、そんな患者は”尿が漏れるのは努力が足りないからだ”と自分を責めながら骨盤底筋体操を続けているかと思うと気の毒でならない。医師は手術時の状況からこの患者は尿失禁が改善できないだろうと予測しているように思うが、それを患者に伝えているのだろうか。

 

骨盤底筋体操の仕組みはよくは知らないが、漏れやすくなるのをその周りの筋肉を鍛えることでリカバリーしようというようなことなことだと思う。医師としては、これを勧めておけば、漏れが治りにくい場合でも、患者は自分の努力が足りないためと考えるかもしれないので、尿漏れの責任をうやむやにする効果もあるように思える...うがった見方だろうか。

 

医療機関の説明を読んでみる

各医療機関の治療に対する説明は、当然信頼できるものですが、一般的な治療の説明にとどまっている病院が多い。具体的にこのような治療が受けられるという説明はあまりなく、特に最近前立腺癌を調べた方にとっては、他院と比較は困難。
 
 

国立癌研究センターは、前立腺癌の一般的な知識と、治療についての概要が書かれている程度で、摘出や放射線の実際の治療内容についての情報あまりない。
他院にあまりない記述としては、以下が可能であるとしている点
放射線治療後の局所(前立腺内)再発に対する救済前立腺全摘除
小線源療法後の局所再発時のロボット支援下救済前立腺全摘
人工尿道括約筋埋込み術についての説明は他院ではあまりないもので興味深い

国立がん研究センター 東病院|前立腺がん

 

関西電力病院:ロボット支援下前立腺全摘除術についての利点と欠点 として詳細に書かれているのは良いが、例えば、 手術の利点を得るためには、前立腺周囲の解剖の詳細な理解と拡大視野によるイメージの再構築、確実な手術操作が必須  とあるが、これは医師向けの内容であり、参照した論文の記述と思われる、実際の手術内容は全くわからない。尿失禁:5%程度ですが永久に尿取りパッドが必要なことがあります と、かなり踏み込んだ内容もあって全体としては興味深い。
前立腺癌小線源治療の利点・欠点 のページもあり詳細に書かれているが、こちらもほとんどは論文の引用と思われる。具体的な内容として 限局性前立腺癌の治療適応PSA30 未満、GS3+4以下まで とあるが、これからわかるのはオーソドックスな旧世代の治療であり、これでは高い根治性は望めない。

関西電力病院|ロボット支援下前立腺全摘除術について

 

順天堂大学|泌尿器科:美しく書かれた一般的な治療ガイドのような内容であるが、院内の治療を伝えるような内容はない。順天堂大は多くの患者に信頼される病院の1つだが、科によってはそうとも限らないようだ。例えば以下のような、尿禁制、と男性機能についての記述があるが不正確、合併症が起きないかのような誤解を生む。
数か月内に軽快しますが、失禁を認める期間は尿取りパッドをご使用いただきます。
射精はできなくなり自然妊娠はできなくなりますが、性感や射精感は維持されます。
順天堂大学|泌尿器科