【レビュー】【メモ】『DXの神髄』安部慶喜、柳剛洋 | 磯野ナニ平の研究ノート

磯野ナニ平の研究ノート

中小企業診断士/書評、音楽レビュー、他/40代

JTCに捧ぐBPRのススメ!?

内容そのものは悪くありません。著者が「習慣病」と称する日本企業が抱える組織的問題点、その克服法はどれも納得感を得られるものばかりで、業務・組織変革の要点がよく整理されていると思います。さながら組織変革の教科書といった体です。そう、DX本というよりは組織変革本なんですね。あえて言うなら(RPAを活用した)BPRでしょうか。RPA導入をきっかけに従業員の意識変革を促し、ゆくゆくはDXを成し遂げる、という感じです。DX成功のための下地作りといえるかもしれません。DXの本質は単なるIT導入にあらず業務・組織改革にあり、ということの証左ともいえそうです。

実は「はじめに」で、著者は次のように述べています。

DXとは、「RPAをはじめとしたデジタル技術を活用して、全社的に業務プロセス、組織のあり方、人の行動を変革し、新たな価値を創造できるようにすること」を意味する。ともすると、新しい技術やサービス(D)に目を奪われがちだが、その本質は「X」=変革の方にある。

良くも悪くも、この言葉が本書の内容を一言で表しています。特に『本質は「X」』というのはまさにその通りで全く異存ないわけですが、ややXに重きを置きすぎてDが置き去りになってしまった感は否めません。デジタルの話よりも純粋な業務・組織改革の話が多いんですね。以下の箇所でも組織変革の重要性を力説していて、本書の一番のメッセージはやはりこの辺りにあるのではないかと思われます。

DXとは、単にデジタル技術を使うことを意味するのではない。次々と生まれてくる新しい技術を取り入れ、ビジネスや業績を変革していく力、すなわち「変革力」を組織的に形成することを意味する。

会社組織という観点からいえば、それは価値基準や行動様式といった組織文化の変革を意味する。「BPRにしてもDXにしても、組織文化の変革まで意識して進めなければ改革は表層的なものにとどまる。BPRやDXは企業変革の一過程。組織文化の変革こそが、肝だ」

以上、何だか軽くディスった感じになってしまいましたが、BPRや組織変革の指南書として見れば勘所が押さえられていて十分に参考になるのではないでしょうか。また、過去の成功体験に根ざした日本企業の問題点、DXのあるべき姿についてはまさに本書の指摘通りと思います。

 

※そして、これはどうでもいいっちゃどうでもいいことですが、一部「人材」を「人財」と表記してある箇所がありまして、ちょっとヤバそうな香りがしなくもないです。精神論じみているというか何というか……。

※ちなみに著者は以前『RPAの威力』『RPAの真髄』という本を出しているようで、そっちのタイトルの方が良いんじゃ……とか思ったりもするわけですが、まあ、いろいろ出版事情があるんでしょうかね。などと勘ぐってしまいたくなります。

 

日本企業でDXがうまくいかないワケ

本書ではその原因を、高度経済成長期の強烈な成功体験により形成された日本企業独特の経営スタイルに求め、業務、組織・人材、IT・新技術という3つの視点から特徴を指摘しています。

業務面の特徴は、1.業務と担当社員を密接に結びつけることによる熟練化、2.現場重視の姿勢による業務の個別最適化、3.減点主義と前例踏襲をよしとする文化であり、現場の継続性を重視し、業務増には人の投入で解決してきたこと。

組織・人材面の特徴は、1.新卒一括採用や終身雇用による人材の大量確保、2.お手本通り指示を正しく遂行できる同質的な人材の採用、3.お手本通りにできなければ減点評価であり、均質な労働力の量的確保を重視してきたこと。

IT・技術面の特徴は、1.ITを技術ではなくモノ(効率化の道具)と捉える傾向、2.既存情報システムの維持・更新を中心とした投資方針、3.外部ベンダーから「購入するもの」あるいは「つくってもらうもの」という意識であり、大量生産のために一定の予算内で調達すれば良いという考え方。

これらの特徴は当時の経営環境にはマッチし日本企業の成長・成功の強力な原動力となっていたが、第4次産業革命によりこの成功モデルは全く機能しなくなってしまった。かつての「優れた習慣」が時代遅れの「習慣病」に変質してしまった、成功条件が一変かつての強みが変革の足かせになってしまった、とのことです。

いずれの指摘も既に各所で叫ばれてきたことで特に目新しいものではありませんが、日本企業の抱える問題点がうまく整理されていて、DX以外の失敗原因にも適用できる本質的な指摘ではないかと思います。

 

以下、気になった箇所を幾つか拾ってみます。

その結果、「なぜ、この業務が必要なのか」、「なぜ、こういう進め方をするのか」という点にあまり疑問を持たず、上司や前任者から言われた通りにやるのが当たり前になっている。「なぜ」と考えるよりも、「決められた仕事をできるだけ早く、正確に遂行すること」の方が、減点されないためには重要なのである。

問題は、組織が多層化・細分化されていることにより、部門間に壁が生じることだ。個々の部門の頂点に立つ管理者間の調整・合意を必要とするため、部門横断で柔軟にプロジェクトチームを組み、部門の枠を超える成果を出すことが難しい。部門をまたぐ仕事は「上を通してから」でなければ進められないなら、やる気があっても現場は部門内に閉じ、他部門に関心を持たなくなっていく。

デジタル技術の進歩によって目まぐるしく変化する時代に、右肩上がりの時代の、同質組織の調和を重視した、根拠が曖昧な評価、成果をあげてもあげなくても同じ評価を続けているようでは、デジタル人財や改革人財は育たない。

事業会社内におけるIT人財の役割も大きく異なり、日本企業ではシステムの「お守り役」にすぎないが、欧米企業では「高度な技術力を持ち、自社事業に精通するイノベーション人財」という位置づけだ。

業界団体や業法の単位となっている、日本式の「業界」という概念に意味が失われつつあり、業界単位の参入障壁はITや新技術によって瞬時に突破されてしまう。

「業界」という単位については、最近は明確な線引きができないものもあり、既存の枠組みによる分類だとイマイチというか限界だよなぁ……と個人的にも感じていたので妙に納得しました。

音楽業界では新人アーティストをどんどん市場に送り出す。そのため、「新しいことをやり続けている」とつい錯覚してしまう。「新しいことをやってるようでいて、実は既存のプロセスに新人アーティストをひたすら乗せ続けているだけかもしれない。担当するアーティストが代われば社員はマンネリを感じることはないが、環境変化や自社の弱みに対する問題意識が生まれにくくなっている」

この、新しいことをやっているようで実はやっていない、という罠は音楽業界以外にも当てはまるような気がしますね。

 

IT導入時に意識すべきこと

…として気になった箇所を幾つか。要は、いかに人材を有効活用するか?ということでしょうかね。

DXには、既存業務を飛躍的に効率化させる社内のDXと、新ビジネスを創出するような顧客接点のDXの2つの側面がある。社内でDXを十分に果たせていない段階で、顧客向けのDXをいきなり成功させられるだろうか。

システムをつくる側は「いいもの」をつくれば現場で使ってもらえると考えがちだが、ユーザー側は「業務が変わること」を好まないので、何も手を打たなければ、せっかくつくったシステムが現場で使われず、投資に見合う効果が得られない事態も起こり得る。

長期にわたって継続する運用・保守では、定期的な費用対効果の検証が必要になる。合理的な選定の結果として特定のベンダーが欠かせない「パートナー」となった場合でも、一定の緊張関係を維持するためである。

ITベンダーが提示する開発スケジュールや見積書などの妥当性をしっかりと評価できず、長い目で見るとコスト高になっていた。

社員の意識や行動が変わったきっかけは、RPAの導入だった。

「自動化できる部分をそのままロボットに処理させる」という単純な導入にとどまったからだ。RPAは一般的に、このような単純な導入だけでは大きな成果を出しにくいものなのである。

「自動化できる部分をそのままロボットに処理させる」という最初のRPA導入の失敗を繰り返さぬよう、人とロボットの協働を前提にプロセス全体を見直す「業務改革の動機付け」に力を入れた。

「人が情報システムを操作する」のではなく、「デジタルレイバーが情報システムを操作する」という形にトランスフォーメーションし、人の役割を「指示」や「確認」、「意思決定」に限定するのだ。

変革期にはリソースシフトが欠かせない。「忙しい」と訴える部門からも人材を異動させなければならない。そのためには、忙しい部門の業務効率化・自動化を進め、人材リソースに余力を持たせることが先決だ。

今後、プロジェクト型の仕事は、より大きな意味を持つようになるだろう。デジタルツールの活用に伴い、定型的な業務はどんどん自動化されていくため、人が取り組むべき仕事としては、特定のテーマについて必要な人材を集めて検討し、成果を出す、プロジェクト型の仕事が増えていくからだ。

 

DX(BPR?)事例

ということで最後に、本書で挙げられているDX事例を幾つか挙げておきます。ほとんどがRPA導入を目的とした業務プロセスの見直し、といった感じです。

  • 承認観点の見直しで承認回数を削減、最大20回→3回
    ある業務の承認プロセスでは最大20人の押印が必要になるなど、承認と意思決定の流れが非常に悪かった。また、最大20人で確認・承認していながら、確認漏れで小さなトラブルが起こることもあった。そこで「承認とは何か、何のためにするのか」を問い直し、この観点に基づいてプロセスと承認者を再検討したところ、最大20人の承認者を3人にまで絞り込むなどして承認プロセスが劇的にスピードアップした。
  • 請求書の書式が顧客の数だけ存在→自社の書式に統一
    紙の請求書をPDFで代替するなど、顧客接点を電子化することでDXに繋げる。
  • 全案件を全力ダブルチェック→重要案件だけを優先処理
    事務処理を重要案件と通常案件に明確に分け、目的・重要度に照らして適正な業務プロセスを再設計し、そのなかにRPAも導入して業務の効率化を進めた。
  • 業務プロセスの上流で紙をデジタル化
    紙文化をなくすには、紙に記されている情報を、業務プロセスのできるだけ早い段階でデジタルデータに置き換えるのが原則。社外から注文や請求が来る場合なら、顧客や取引先からデジタルデータで受け取れるようになっているのが理想。そうすれば業務を進めていくなかで紙の受け渡しが不要になり、RPAやAIなどのデジタルツールが活用できるようになる。
  • 報告書のバリエーションが数千パターン→数十パターン
    全国の拠点間で業務の進め方が異なっており、報告書のバリエーションが拠点全体で数千に及ぶなど混沌としていたが、全拠点の業務を標準化・自動化し、本社で集中処理するように業務プロセスを変更した。
  • 業務の担い手を最適化し、単純作業はロボットに任せる
    業務の棚卸し・見直しによりスリム化を図る一方で定型業務を自動化。また、一つひとつの業務をどの職位が担当すべきなのか改めて整理した。
  • 「使わせて効果を出す」までをプロジェクトがコミット
    つくって終わる、安定稼働をもって解散するのではなく活用段階にまでコミットし、現場に新システムを定着させるところまでを支援。ユーザー講習会でコミュニケーションを図ると同時に、改善提案や課題には開発期間中同様のプロセスに則って合理的に対応。システム稼働から1年本格運用し、成果を確認してプロジェクトを終了した。
  • 社内用アプリを開発→同業他社にも提供しソリューションビジネスを展開
    社内業務アプリを独自開発し現場で活用していたが、さらにこのアプリを同業他社にも提供しソリューションビジネスを展開。ITを効率化の手段としてだけでなく競争力の源泉として活用し、事業構造の改革にまでつなげた。
  • 効率化を阻む強固な慣行をトップダウンで排除
    会議のための根回し・事前準備として「プレ会議」、さらには「プレプレ会議」なるものまで開催されていたが、部門任せではなく社長直轄型の業務プロセス改革の一環で廃止した。
  • 請求書支払い業務のリモート化
    請求書のPDFをデジタルレイバーに転送。読み取り、勘定科目の特定、各種マスターデータとの突き合わせなどは全て自動で、人は通知されてくる結果を最終確認するだけで良い。後はデジタルレイバーがERPに入力して支払い手続きを完了させる。
  • 対話型経費精算ソリューション
    スマートフォンでチャットボットと対話し、その応答に従うだけで経費精算を終えられる。ヒューマンインターフェイスはチャットボットのみで、人は経費精算システムの使い方、入力の仕方を気にする必要がない。

また、銀行の事例を取り上げつつ理想の姿を提示しています。

いまのような広い店舗、高額な機械、たくさんの要員は必要なくなり、タブレット端末を持った銀行員がいれば、その場所が銀行となる「歩く銀行」という超軽量店舗が実現できる。