おはよう
「月の街山の街」出版に際して
ツヨ発のいきいきの記事
今日は一気に本文最後までいきます
急激に変わってきた
この10年間を、
僕も同じように
駆け抜けてきた感じがします。
激しく変わっていく時代のなかにも、色あせないものがある。
今と10年前では、
韓国もそうですが、
僕自身も違って若かった(笑)。
昔を懐かしむ年代になった
ということじゃなくて、
この10年は情報の量も多く、
時間の流れがすごく速くて、
とくに韓国は
タレントさんでも
俳優さんでも
新旧の入れ替わりが速く、
時代の様相が
急激に変化しています。
その時間を、
僕も同じように
駆け抜けてきたような感じが
あります。
ただ、そういう中にあっても
色あせないものがあって、
この本はそのひとつなんだって、
すごく感じています。
貧しい暮らしのなかでも
豊な心をもって生きている人が
たくさん出てくるんです。
それも実話がベースに
なっているということで、
すごく心に響きますし、
僕が韓国にひかれた
男らしさというのも、
そういう普遍的な色あせないもの
なのかなと思ったりします。
冷めてないんです、心が。
韓国に行くようになって、
自分はわりと冷めているところが
あって、
ドライな日本人なんだって
思いましたし、
自分にはないものが
韓国の人にはあるから
憧れた部分もあったんだと
思います。
実際、
韓国の友達の家に
行ったりすると、
お母さんが
僕を自分の息子のように
歓迎してくれるのには、
ちょっと驚きました。
誰しも
人って傷つきたくないですよね。
だから
あまり深く人と関わらないほうが
いいんじゃないかと、
踏み込むのを
ためらったりしませんか。
そのほうが
ラクなんじゃないかって。
そういう自分もいるんですが、
でも、韓国の方と接して、
よくしてもらったりすると、
やっぱり
僕は間違っているなと思ったり。
一方に
ドライな自分がいるところに、
ふっと熱いものが
入ってくる瞬間があって、
感動してしまう自分が
またすごくうれしくなる。
韓国の人たちは家族をとても
大事にしますが、
ふだん忙しいと
つい家族とも疎遠に
なっちゃったりするんですよね。
自分のことでいっぱいになると、
ひとにやさしくする
余裕もなくなります。
そういうなかで、
僕が見失っていた
自分の中の温かな部分を
見つけさせてくれるのが、
韓国だったんですね。
だから、
僕にとっては
なくてはならないものに
なっていった感じです。
僕もいろいろあって、
いろいろな意味で
責任感も出てきたところはあります。
なかなか親孝行は
できていませんが、
たまに親と会うと、
こんなに年をとってしまったのかなと、
ちょっと驚くことがあります。
よくいうじゃないですか、
親はいて当たり前と
思っているけど
そうじゃないって。
それはほんとうにそう思います。
でも、
まだまだ変にまとまりたくない
という気持ちもあって、
自分の夢も大切にしていきたいと
思っているんです。
だから、
自分のことだけで
精一杯にならないように、
周りの人へ
のやさしさももって。
そう意識して、
できるように頑張ります。
ツヨからの被災者の方への
メッセージは
次の記事で

