ぼんやりなのだ。
昨日歳三さんと音楽を聴いててふと思った。
私の心象音楽ってどんなだろうか。
単純な意識レベルでは人は自分にあるから好むものと、自分に無いから好むパターン
共感と憧れとも取れマスネ。
どっちも心が心地よいのですが、自分の心象音楽を知りたいのですから、
共感から来る感動があるものを選んでいくといいでしょう。
もちろん気分に近い所なので常にそうではありませんが、
なるべくデフォルトで 感じている心象音楽を見つけられるといいです。
一番手っ取り早そうなのが私自身が自身に素直な曲を作ればいい訳だが さて、うまくいくのかな。
人にはそれぞれ空気と呼ばれるものがある。ようは雰囲気みたいなもの。
この人といると心が嬉しい。逆もしかりです。
これっていうのはその人から何が滲み出ているのかというと、多分心象なのだと思います。
外面から来る魅力も嫌いではないし、私も男ですから 美しい女性をみればその部分と繋がる欲望が揺れる。
わたしが言っているのはそっちではなくて、外面や社会性や常識は必要としてない。
物質世界で生きているのでもちろん切り離す事は出来無いのであるが
この世界でも心のままに生きる事は可能である。が、私にはまだまだである。
その滲み出るのもがその人自身であり、それが芸術なのだと思う。
一方、理由はどうあれ仮面を付けて生きている人というのはいっぱいいて,
その仮面もちゃんと心象をもっている場合もある。
それはすごく奇妙な事だが ようはその人自身が自分を直視出来ていないのだと思う。
または、それ以前に気がついてもいないかもしれない。
そういう場合は心象がダブってみえるので、なんだか息苦しさを感じます。
寝顔と笑顔は結構素が出るもので、どんなに仮面で違う心象を出していても
一瞬だけポロっと本来のその人が見える時がある。
私は人の笑顔が好きで、それをみて良く思うのは「可愛い」という感情です。
包み込んで上げたいなと思います。
しかし稀に逆に包まれてしまう笑顔というのもあります。
これに出会うとちょっとうれしくて叫びたくなりますね。
ではまたいつか。