金の斧とかいいから、俺の斧返してくんない? | 日々棲む世に

金の斧とかいいから、俺の斧返してくんない?

最近少し忙しいです。


仕事の合間見て日記書いてるのでね。


不景気になってから会社のお局がやいやいやかましくてね。


昔はそんなんじゃなかったんだけど、環境が変ると人も変わる良い例でして


別に悪気があっていってる訳じゃないのはわかるんで、別にいいちゃいいんです。


ただ、諸行無常でございます。



今週から退社が早くなったので 昨日は歳三さんと飲んでました。


最近二人で飲むとよく泣きます。 悲しくて泣く事はないんですがね、


二人とも感動しぃなのですよね。



たまたま。イソップ物語の金の斧って話を思い出したんですが、


あれも随分しょうもない話ですね。


この出てくるヘルメス神は神と名乗るべき存在じゃない気がしてきました。


これの教訓は正直者は得をして、嘘つき者は何も得ないだとおもうのですが、


神じゃなくても、人に対して損得を煽るのが思いやりでは無いでしょう。


また損得以上に人間が素直に生きる事の方がよほど真理に近いもので


過失で斧を落とした人間も、噂を知って故意に斧を落とした人間も


理由は違えど素直には変らないのではないでしょうか。


可愛いのはむしろ故意に落とした側で、素直ゆえに憎めないです。


目に見える事実しか認めず、些細な出来事を愛しいと思えない心の狭さ、


権力をちらつかせて 人を試し、損得によって人の心を惑わす


このヘルメス神こそ池に沈めばいいんじゃね。



素直なら何やっても良いのか、たとえ泥棒でもか?


行動と素直さと道徳と愛が同じ方向ならいいんだろうけどそうも行かない。


逆に聞くけど、素直を正直と言わずに何を正直というんですか?


愛のある泥棒だってあるし、道徳と悪意が揃ってる場合だってある。


ただ泥棒という結果だけみたら現代の道徳に反するが、


石川五右衛門みたいな泥棒もいたり みんなそれぞれ、


行き着く結果までには各個人オリジナルの動機が存在している。


どうしても盗みたかったのと、どうしても盗まなければいけなかった。


結果は一緒。動機は違います。


動機と結果の話したって私には決着をつける事は出来ません。


そこはどっちだっていいでしょう。



あーねむい。今日はやさい君と岩盤浴だ~。