いそこの独り言 -9ページ目

いそこの独り言

日常の出来事やくだらない事、マニアックな事など、ちょこちょこ載せていきます。

つづき………
 
 
自宅前に着いた時、母の日舞のお弟子さん達が出てきました。
 
 
その後から母が出できて私を見るなり号泣
 
そんな母を見た時、今まで一人で父のお世話や父方の兄弟に気を使って頑張ってきたんだなぁってひしひしと伝わってきて、私がしっかりして母を支えないとと思いました
 
家に入り、父が眠っている部屋へ…
 
 
顔を見ると、お正月に会った時よりもかなり痩せていましたが、穏やかな顔をしていました。
 
『お父さん ごめんね~』
暫くの間父の側から離れられず、ずっと顔を見てました。
 
 
引っ切り無しにお線香を上げにきて下さる方々の接待をして気付けば深夜12時近くになっていました。
 
私達家族は千葉で震災にあい、水道が断水していたのでお風呂にも入っていない状態でした。
 
 
母に『こんな時に悪いけど、お風呂に入っていい?』と言うと
 
お風呂見てみな~って
 
 
見に行くと母が妹達に父が家に戻るからちょっと片付けを頼んだ所、たくさんの花の植木鉢を全てお風呂場に入れたものだからジャングル状態ショック!
 
 
すると主人が『ウチの実家で風呂に入ってくれば?』と
 
 
そうなんです
 
主人の実家は私の実家と車で5分ぐらいの所にあるのでとても助かりました、
 
先に主人と子供達が入りに行き、その後交代で母と私がお風呂を頂戴してきました。
 
 
家に戻ってきたのが1時過ぎ…
 
 
子供達と主人、母にも少し寝てと進めました。
 
 
その日は私がお線香番でずっと起きてました。
 
 
朝、7時ぐらいにみんな起きて、いそこ少し寝なさいと言ってもらうも、逆に寝れずに朝ごはんを食べ…
 
すると9時半過ぎから葬儀屋さんが打ち合わせの為来ました。
 
 
私が震災の為に来る日がハッキリしなかった為葬儀の日にちも決めれずにいたようなのですが、無事到着出来たということで15日お通夜、16日告別式と決定になりました。
 
 
つづく………
 
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つづき………
 
 
父が旅立った事を聞いた後から暫く茫然としていた私に主人が
 
『いそこ、これから帰るぞ!』
 
『何言ってんの~電車だって飛行機だって不通になったり欠航したりしてるのに、無理だよ』
 
『もしかして空港までも行けないかもしれないけど、行けるとこまで行ってみよう~早く荷物作れ!』
 
 
ふっと我に帰り、主人の言う通り荷造りし、1時に家を出ました。
 
 
近くのバス停からはバスが普通に運行していたのでそれに乗りJRへ
 
掲示板を見ると運休したり動いたりみたいな、はっきりしないダイヤ…
 
でも何故か乗る電車や乗り換え時もスムーズに進み、3時近くには空港に到着してました。
 
後日聞いた話だと私がスムーズに進んだ後からまた暫く電車は運休したそうです…
 
 
それから主人が北海道行きのチケットを取るためカウンターへ
 
30分程待ったでしょうか…
 
『チケット取れたから帰れるぞ!』
 
行動派の主人に感謝
 
 
 
家を出る時、母にはこれから帰るとは伝えませんでした。
 
もし言ってからやはり電車や飛行機がダメだから帰れないと…これ以上ショックを与えたくなかったから……
 
するとタイミング良く従兄弟から連絡が入りました
 
『やはり帰ってこれないのか?』と
 
私は『今空港、お母さんには伝えてなかったんだけど、チケットも取れて4時のに乗って帰るよ』と伝えた所、従兄弟はすぐ母に連絡母も安堵した様子だったそうです
 
その従兄弟が空港まで迎えに来てくれて夜の7時ぐらいに実家に到着しました。
 
つづく………
 
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つづき………
 
 
昔の事などが走馬灯の様に思い出され暫く泣き続けていた私…
 
 
夜になり、父の事の他に余震も頻繁に大きいのがきてたので、眠れず…
そしてまた父の事を思い出し泣いての繰り返しのウチ朝方5時ぐらいにようやくウトウト…
 
 
すると電話の音で目が覚めたのが13日朝10時近く…
 
慌ててTELを取ると母が泣きながら
 
『いそこ~お父さんがもうそろそろで旅立ちそうだから、あんたはもう間に合わないからお父さんの耳元に受話器持って行くからお話して』と言われました。
 
 
父は意識はあるけど、もう言葉を発せない状態
 
『お父さん、ごめんね 行けないよ ホントごめんね』
と言うのが精一杯な私
 
次に主人、長男、次男が父に話かけ、また私の所へ受話器が戻り、
 
『お父さん ありがとうね私、お父さんの娘に生まれて来てほんとに幸せだったよ。ありがとう』って言い終ったら 母が『お父さん、返事は出来ないけど、ちゃんとうなずいてみんなの言葉聞いてたからね』
 
それからTELを切った20分後、父は旅立ってしまいました。
 
 
3月13日 68歳
 
 
ガンと宣告されてから7ヶ月という早さで この世を去ってしまいました
 
 
私はなんとも言えない罪悪感に襲われていました
 
 
つづく……
 
 
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