つづき………
ホスピスにお引っ越しする数日間、今までお世話になっていた担当ナースのみなさんがお休みの中、たくさん引っ切り無しにお見舞いと挨拶に来て下さったようで、父と記念撮影したり、たくさんお話して楽しいひと時が過ごせた様でした。
3月10日、午前中にホスピスの方への引っ越しが終了…
父も母も大変綺麗で広い部屋で満足していたようです
宣告を受けて、ホスピスの話が出た前から私は長男坊の卒業式が終わり、次男坊の春休みを待ち、北海道に帰省しようと飛行機など予約しておいたのですが、3月11日のお昼、母からTELが来ました。
『今、お父さんのお姉さんが来てくれてるんだ~
帰ってから大事な話あるから、夜にでもTELするから』と…
なんとなく、母の話したい『大事な話』の予測が出来た私…
『わかったよ。じゃあ おばさん帰ってから連絡ちょうだいね』ってTELを切った2時間後、あの『東北、関東大震災』が起こりました。
主人は職場、子供達は学校、私は自宅アパートの4Fにそれぞれみんなバラバラに居ました。
大変な揺れで私は恐怖の中、食器棚を必死に押さえてました。
食器は一枚も割れる事なく助かりましたが、その上に置いてあるカゴなどは全て落ち、亡くなった祖母が結婚祝いにプレゼントしてくれた大切に使っていたコーヒーメーカーは落下して壊れてしまいました。
地震はおさまりましたが、頻繁にくる余震の中、子供達を引き取りに学校へ
迎えに行くのに外に出たらびっくり

アパートの敷地内全て田んぼ状態
近くに建ったばかりの新築マンションの1F部分はサクやコンクリート部分が崩れて割れている状態…
子供達を無事引き取り、家に戻り、ガスや水、電気をチェック
電気は大丈夫、ガスと水は使えず…
水は近くの公園に汲みに行き、何とかその日は大丈夫でした
あっTELしなきゃ
と携帯や家電をかけても全く通じず
と携帯や家電をかけても全く通じず
メールも全く使えず…
しかし、何故か父から『みんな無事か?大丈夫か?』と言うメールだけ届いて、『みんな大丈夫だよ』と言う私の返信も何故か届いたようです
それからまた不通状態が続き、友達からのメールが数十件届いたのは翌日お昼でした。
つづく………