※備忘録として記しています※
※2020年の内容です※
前回までの記録
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七月八月とみんなで食事をしましたが、予想通り九月以降はなんとなく流れて集まることなく過ぎました。
誰からもご飯は?と言わない。
夫に聞きました。
今月は?みんなでご飯食べないの?義実家行かない?
夫から返ってきた言葉は
「えー?二ヶ月連続で食べたじゃん。今月はもうよくない??」
予想はしてましたが、こんなにもアッサリしてるもの?
「あのさ!!あと何回自分の親と食事できるかとか考えないの?」
「何回会えるかなとか考えないの!?」
思わずちょっと強めに言葉がでた私。
「んー・・・考えない・・・かなぁ?」と夫。
聞かなきゃよかった・・・
ちなみにその時期はまだ夕飯のおかずの差し入れはしてました。
そして十月の後半。
散歩中にたまたまスマホのヤフメを開いたら、徘徊高齢者の捜索のお知らせメール。
徘徊高齢者のお知らせなんてしょっちゅう来てるので普段からそんなに気にもしてませんでしたが明らかに義母。
カタカナで名前が書いてありましたが比較的珍しい名字なので間違いない。
心臓が大きくドキンと鳴りました。
すぐに夫に連絡するもちょうど繋がらない。
義姉は知ってるのか?
電話したら勤務中でしたが出てくれました。
驚いたことに義父から連絡はいっておらず、私からの連絡で知ったと。
気になったのが徘徊者の一斉メールは16時半過ぎ。
義母がいなくなったのは午前11時頃。
約五時間半。
家にいるはずの義母がいなくなり義父も気が動転していたのかもしれませんが、私には連絡せずとも、せめて夫や義姉に連絡さえくれれば少しでも探せたのに。
結局自宅から五キロほど離れた場所で無事に保護されました。
義母が歩いていた道路は大きな橋もあり、道幅が狭い場所もあり、とても高齢者が歩くには危険。
無事に帰ってこれて本当に安堵しました。
(保護してくださった方には夫が翌日お礼に伺いました)
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いっつも思う。
なんで私、こんなブログ書いてるんでしょうね
