「子どもを知ること」が最大の仕事 

夏子 ほんとうの深い思いというのは口にしないものじゃないでしょうか。先生がおっしゃる子どもを知るというのは、そういううち明け話などとは違うレベルのことなのでしょうか。

 

大村 そうですよ。それがうまくいかないから学校でいろいろな問題が起こるのだと思います。教師から問いを出して真実を聞きだすなんて無理なこと。子どもを知るというのはとにかく大変なことですよ。教育の仕事で最大のものではないかしら。その力を持たずにいろいろなことをやっても、うまくいかないというくらい。

 私は、自分から問いを出して「このごろどんなふうですか」などと聞いて返ってくる答えのなかには、真実はないと決めていました。そうではなくて、私がいろいろな話をしていて子どもも面白く聞いているうちに、思わず自分から自然に出てくる話、そのなかにピンピンと感じるものがある、それを感じとるのが教師の力じゃないの。

 

夏子 そのピンと感じるというものも、話の内容自体ではないということでしょうか。

 

大村 子ども自身にも言えないことのほうが大事なんじゃないのかしら。メモを取りながら対談する人もいるけれど、メモするほど生徒の嫌う格好はない。メモしなくて忘れてしまうようだったらそれでいい。忘れていいようなことだったのではないのかしら。それよりそのときどきの話をちゃんと受け取って、忘れるも忘れないもないというくらい、身に染み入ったようにして聞くことだと思っていました。

「教えることの復権」 大村はま / 苅谷剛彦 夏子 ちくま新書

 

 かつて阿川佐和子さんの「聞く力」がベストセラーになった。阿川さんからインタビューを受けるとついつい本音でしゃべってしまうとたけしも言っていた。その本にこんなエピソードが載っている。

 

 高校生がその道の達人といわれるお年寄りの職人さんにインタビューをして発表するという企画があった。高校生たちはお年寄りから一人前になるまでの苦労話を一生懸命聞きだしそれをまとめて発表した。その発表会にお年寄りが招かれ、高校生たちが自分の話を真剣に聞いてくれたことに感動したと涙ながらにお礼を言ったそうだ。その姿を見て阿川さんは、改めて「聞く力」のすごさを実感した。

 

 傾聴の重要性はよく指摘されるが実践するのは難しい。「思わず自分から自然に出てくる話、そのなかにピンピンと感じるものがある、それを感じとるのが教師の力じゃないの」はま語録が教育の神髄だ。