ひとときのときのひと

ひとときのときのひと

広告業界で鍛えたから、読み応えのある文が書ける。
外資系で英語を再開し、アラカンでも英検1級1発合格。
警備業界にいたから、この国の安全について語りたい。

そんな人間が、ためになる言葉を発信します。


まずは英語について。英語に関する本について。

「ええ?警備会社で英語を教える仕事に就くだって?本気か?低学歴の警備員に英語を教える?正気なのか?」

 と彼はこともなげに口にしたのでした。彼とは、私の転職に際し英語での模擬面接の相手をしてくれた若いアメリカ人です。その時、私が何と答えたのかはもう忘れてしまいましたが、外国人にさえそんな風に思われているのかと慨嘆した覚えがあります。

 

 その後、警備会社に入ってみると、確かに一般の事業会社よりは高学歴の人数が少ないところはうかがえました。しかし中には現職の警備員で英検1級を取得している者もいましたし、数は多くないものの、学習意欲の高い人も少なからずいました。

 

 しかし、ここまで英語教育のための教材がネット上や書店にあふれかえっているのに、警備員向けのものは、私が書いたもの以外にはほとんど見たことがありません。なぜでしょうか。

 

 そこに私は、「どうせ警備員はそこまで勉強しないだろう」という前提が、どこかにあるのではないか。そんな違和感を覚えます。無意識の偏見と言ってもいいかもしれません。

 

 英語教育の現場では「楽しい英語」や「役に立つ英語」といった言葉がよく使われます。しかしその一方で、警備という現場で本当に必要とされる英語については、十分に目が向けられてこなかったのではないでしょうか。

 

 というのは、現在、外国人の流入は再び増加傾向にあります。オフィスビルや商業施設などから管理責任を預かって警備に当たっている現場では、来館者の「迷惑行為」や「問題行為」を、時には英語でコントロールしなければならない場面が確実に増えています。

 

 その一方、具体的にどんな英語対応をすればいいのか、法的に問題がないのかといった思慮を踏まえた英語教育は、まだ十分とは言えないように思えます。代わりにあるのは観光英語や接客英語です。しかし、それは警備員の本業ではありません。

 

 本業とは何か。場違いな場所での喫煙や無断撮影といった行為を、法的に認められる範囲の中で制御することです。そうした問題解決のための英語が、あまりにも不足しているように感じます。百歩譲って、「警備員は英語を学ばない」とする見方があったとしても、そうした現場でも無理なく使える英語があるはずです。むしろ、そのような形で提示されてこなかったこと自体が問題ではないでしょうか。

 

 拙著『小説風 外国人に堂々とNo!と言える警備員英語』

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は、この問題意識から書いたものです。英語力の底上げを目指すような本ではありません。中学英語レベルで、現場対応に必要な部分だけを整理したものです。小説風にしてありますので、物語を楽しむ中で実践的な警備員英語が学べます。

 

 ありがたいことに、レビューの中には「単なる英語教則本ではない」という感想も寄せられています。これは、英語の「純学習」といった世界ではなく、せっぱつまっている警備現場の問題解決策として読んでいただいた結果だと思います。

 

もし英語教材を作る立場の方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度考えてみていただきたいのです。

 

その教材は、本当に現場に届いているのか。
その英語は、本当に現場で使われているのか。

 

 そしてもし、本書に関する率直なご感想をAmazonレビューでお聞かせいただければ幸いです。警備員英語という分野は、まだこれからの領域です。だからこそ、警備現場と教育界出版会の間にあるギャップを、少しずつ埋めていく必要があります。

 日本研究の第一人者であるケネス・B・パイル。その著作の多くが翻訳されているにもかかわらず、2006年初版の「Japan Rising」だけが、ぽっかりと抜け落ちたように未邦訳のまま残されています。この違和感を単なる偶然では片付けられはしないでしょう。

 そこで、本ブログ筆者は本書を通読し、章ごとに要約と論評を重ねることで、この「空白」の意味を探ってきました。そして一つの仮説に至りました。

 それは「翻訳されなかった本」というより、「翻訳の優先順位が上がらなかった本」だったのではないか、という仮説です。

 本書の骨格は明快です。

 明治以降、日本が国際秩序に柔軟に適応し、新興国として急速に台頭しました。しかし、次第に適応力を失い、世界大戦での敗戦へと向かいます。戦後は吉田ドクトリンのもと経済国家として再出発しますが、冷戦終結と湾岸戦争を契機に、再び国際的役割の再定義、「新たなる適応」を迫られることになります。そしてその担い手として「平成ジェネレーション」(安倍晋三世代)が登場する――。このような把握は、パイル氏の日本観を理解するうえで中核をなすものです。

 ではなぜ、この本だけが邦訳の機会から取り残されたのでしょうか。

 第一に、本書の内容が単純な「親日」でも「批判」でもない点が考えられます。賞賛でも断罪でもない。この微妙な位置取りは、マーケティング的に読者層の設定を難しくします。現在の出版市場においては、評価軸が明確な本、「どっち系の本なの?」という見込み客にはっきり答えやすい本ほど受け入れられやすい、売れるからです。本書はそのどちらにも振り切れていません。

 第二に、本書の議論がその後の著作において整理・再配置されていく可能性が見込まれていた点です。本書には、論点の提示や試行的な分析が多く含まれていますが、それらは必ずしも最終的な形にまで収斂しているわけではありません。とりわけ中国に関する叙述には、後年の著作と比較したとき、扱いの変化や選択の跡がうかがえます。出版社の立場からすれば、こうした段階にあるテキストよりも、より整理された形で提示されるであろう後続の成果を待つ判断も十分にあり得たはずです。

 第三に、タイミングの問題があります。この本が米国で出た2006年から2009年にかけて、日本は政権交代を含む政治的転換期にありました。日米同盟の位置づけすら揺らぐ中で、その枠組みを前提に日本の国際的役割の変化を論じる本書は、現実との接続においてやや不安定な位置に置かれていたと言えます。読者の関心との間に、わずかながらズレが生じていた可能性は否定できません。

 しかし、上記の事実が本書の価値を損なうものではありません。むしろ、本書には、まだ論考の途上にあった一流の政治学者が、国際秩序と日本の位置づけをめぐって思考を組み立てていく、その手さばき、足さばきを英語で直接たどることのできる興味があります。完成された結論ではなく、思考の過程そのものに触れられる点にこそ、本書の独自の魅力があると言えるのではないでしょうか。

 なお、本ブログ筆者は章ごとに要約し、その妥当性や論理構造をChatGPTを用いて検証する、といった読み方を試みました。もちろんChatGPTとて間違えることはある点は踏まえつつ、自らの理解の偏りや飛躍がないかチェックすることはできる。少なくとも独りよがりな読み方に陥るリスクは避けられます。

 このような読解プロセスは、翻訳本を読んで完成された結論を受け取るのではなく、上に述べたようにパイル氏の思考に直接的に並走できるという意味で、非常に有効な方法と考えます。

 以上、あなたの英語学習の参考になれば幸いに思います。

 

 

 

 

 

 ここでは、英検に限らず、「ためになる英語」術とは何かについて述べてみます。

英語とは「交渉の道具」である。

結論から言えば、英語とは単なる言語ではありません。相手と対等にやり合うための「交渉の道具」なのです。この認識がない限り、どれだけ単語や文法を覚えても、実践の場では簡単に足元をすくわれる。にもかかわらず、日本人にはこの認識が決定的に不足しているのではないでしょうか?

外国人コーチとの30分延長トラブルから見える現実

 今から約40年前。日本はバブル経済崩壊の数年前で、「わかもの」の間では、スキーとかテニスが「やって楽しむスポーツ」として人気を博していました。

 自分もそのころ、テニスを始めていたところからオーストラリア人コーチ(名選手とかではありません)がマンツーマンレッスンを初めてやるというのを知って申し込んだのでした。確か30分3,000円前払いだったと記憶しています。そのコーチが日本に来てまだ間がないらしく、英語だけしかしゃべれないとも、聞いていました。

 外見は映画「Back to the future」シリーズに主演していたマイケル・J・フォックスのように小柄な若い男。とはいえ、あんなにハンサムではありません。人相も、よろしくない。それを事前に調べておかなかったのが、ミスの始まりでした。というのも、このコーチが終了間際になってもレッスンをやめません。「もう少し続けよう」。

 料金を払ったレッスンの時間を超えて約30分、二人で球を打ち続けました。後日フロントから、こんな申し出がありました。いわく、「すみません、あの外国人コーチがですね、『レッスン所定の時間30分を30分超過したので、超過料金分として別途3,000円を払ってくれ」と言ってるんですが、いいですか」。呆(あき)れれてしまったものの、すぐにその超過料金分を払いました。

Noと言えない人間が損をする現実

 さて、どこに問題があったのでしょうか?

 それは、その場で「No」と言えなかった点にあります。つまり、この件の本質は英語力ではなく、契約と時間、そして自分の立場を守る意識の不徹底にほかなりません。こちらは30分のレッスンを購入した。相手はそれを超えてサービスを提供した。本来であれば、その時点で言うべきだった。「30分で終わりだ」あるいは「超過料金がかかるよね?」と。しかし私は、それを言えなかった。言わなかった。

 日本社会では、こういう場面で「なあなあ」が通じるからです。時間を多少過ぎても、お互い様。多少の曖昧さは許容する。ああ熱心にやってくれている、などと手前勝手に解釈してしまう。

日本人に染みついた「なあなあ」文化の悪影響

 朝起きた時から夜寝るまで、日本人は日常的に空気を読み、波風を立てないことを優先する社会にいる。いやそれがいいとか悪いと言いたいのでありません。このような文化圏に慣れてしまっていると、英語をいくら磨いても使い物、「交渉の道具」にならないのです。

 ところが、日本人の多くがTOEICだの英検の勉強こそそれ、こういった「文化の違い」をあまり学ばずにいる傾向が依然と続いてはいないでしょうか。言い換えれば、英語の文法だの作文能力とあわせて

・正確に意思を伝える
・不利益は拒否する
・対等な立場を崩さない

が不可欠なのにこれを学んでいない。その意味で、私の若いころのこの体験は、まさに「おばか」そのものだったとしか言いようがありません。

「ためになる英語」と「だめになる英語」の分岐点

 英語を学ぶとは、単語を覚えることでも、発音を磨くことでもない。日本とは異なる文化圏においても、そこに根付いているルールを理解し、自分を守るための技術、No!を言える態勢を身につけることなのです。

 空気を読まずに堂々とNo!という勇気なり心構えがなければ、その英語は「だめになる英語」であって「ためになる英語」とはなりえません。

 たとえば、

Time’s up. Let’s stop here.
If it costs extra, I’d rather not continue.
(時間です。ここまでにしましょう。追加料金がかかるなら続けません)

 これがすぐ出てこなければ、

If it goes over, is there an extra charge?(超過したら追加料金ですか?)

 あるいは、

Is there an extra charge? If so, let’s stop here.(追加料金有り?なら、やめよう)

でもいいのです。

 ただでさえ英語を発することがおっくうなのに、さらにその上をいくような「No!」などとあまりにも難度が高すぎると思われる方も少なくないかもしれません。また、一般的な英会話学校でも、こういったパターンは教えないでしょう。 そんなパターンよりも、外国人に「笑顔で返されるような英語」ということになるのでしょう。せっかく集めた生徒がしり込みするのが目に見えているからです。

 しかし、はっきり申し上げますが、それでは結局現場では「使えない結果」になります。冒頭述べた外国人テニスコーチに翻弄された自分のように。

 最も現実的な対策は、日本語での会話の中でも「なあなあ」に流さない場面を意識的に作ることです。もちろん、いつもそれでは軋轢(あつれき)を生むでしょう。

 そこで、日本語のときでも「空気を読むモード」と「言うべきことは言うモード」を意識して自分で切り替えるようにするのです。それだけでも、行動は変わるし、英語も変わります。

 以上、あなたにとって「ためになる英語」術のヒントをお伝えしてみました。これが、私が「おばか」だった経験から得た、最も有効な英語上達の教訓です。

 

 具体的にもっと知りたい方は、あわせて、こちらも↓未読の方は、ぜひご一読ください。参考になる情報があります。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 英語で初めてビジネスメールを書こうとすると、多くの人はまず参考書を探します。あるいは、先輩社員や上司が書いたメールを見て、どんな表現を使っているのかを真似しようとする。しかし、現場を長く見てきた身からすると、重要な鉄則が見逃されているように感じます。

 

 それは返信の早さです。

 

 英文メールというと、多くの人は「どんな表現を書けば恥ずかしくないか」「失礼にならないか」「しゃれた文句はないか」といったところにエネルギーを使います。ところが、実際のビジネスでは、文章のうまさなどよりも、レスポンスの早さが大切なのです。そこで、外資系生保や警備会社で、企業や政府系機関とやり取りしてきた経験から学んだ実務上のヒントを紹介しましょう。

 


1 時差は気にしない

 以前は、海外とのやり取りでは時差を気にする人が少なくありませんでした。たとえば、日本時間の昼にアメリカのテキサスからメールが来た場合、向こうは夜中です。「どうせ相手は寝ているだろうから、返信は明日でもいい」と考える人もいました。しかし現在は事情がかなり違います。

 

 あの世界的感染症以降、リモートワークが広まりました。仮にオフィス勤務に戻っていたとしても、メールは常時接続、常時確認できる状況なのです。だからこそ、返信できる内容であれば、時差など気にせずに、すぐに返してしまうほうがいいのです。


2 受け取り次第、「後で返事する」という返信を出す

 メールを送った人は、実は一つのことを気にしています。このメールは読まれたのかどうか。できるビジネスマンほど、ここを気にするものです。そのため、すぐに結論を出せない場合でも、「メールを受け取った」「確認している」という返信を出しておきましょう。

 

 たとえば、「社内で確認しますので、○日までお待ちください」といった一文を入れるだけで、相手の安心感はまったく違ってきます。

 

 ちなみに本ブログ筆者は、こういう場合、少し長めの期限を書いて返信します。 たとえば「調整に時間がかかるかもしれないので二日ほどください」と書いて、実際には一日で返すのです。すると相手は、「予定より早く返事が来た」という印象を持ちます。

 

 これが1日後には返事すると書いて、二日後や三日後にに返事を出したときと比べてみれば、相手に与える印象の違いは歴然としているでしょう。「えーかっこし」でつい短い時間で返信しますといった大見得を切って、結果待たせてしまうとしたら、それは逆効果。少し余裕を持たせておくほうが、信頼につながるのです。


3 即レスは一度だけでは意味がない

 ビジネスメールには、多くの場合CCが入ります。直接の相手だけでなく、その上司や同僚もメールを見ています。つまり、あなたの返信のタイミングは、意外と多くの人に見られているのです。だからこそ、返信の早さは一度だけではなく、常に続けることが大切です。いつか別の案件で、その相手やその上司と直接やり取りすることになるかもしれません。そのとき、 「あの人はレスポンスが早い人」という印象が残っていれば、それだけで仕事は進めやすくなります。


4 悪い情報ほど早く送信する

 これは少し意見の分かれるところかもしれません。しかし、自分の経験では、悪い情報ほど早く出すほうがよいと思っています。もしそれが大した問題でなければ、相手は「それほどでもなかった」とすぐ忘れてしまいます。しかし、問題を抱え込んで様子を見ているうちに事態が悪化すると、必ずこう言われます。「なぜもっと早く知らせなかったのか」この一言は、かなり重いものです。その意味でも、返信のスピードというのは非常に重要です。


 

 もちろん、英語の表現を磨くことも大切です。しかし、実務の現場で評価されるのは、むしろタイミングの早さであることが少なくありません。スマートフォンやパソコンのソフトウェアを見てもそうです。最初から完全なものを出すのではなく、まず出して、その後アップデートしていく。ビジネスの世界も、それに近いところがあります。

 

 まず反応する。それから調整する。この順序です。英語の文章をどう書くかと悩む前に、までしょう。ず返信する習慣をつける。実務という観点から見れば、それはTOEICの点数に一喜一憂するよりも、はるかに役に立つスキルと考えましょう。

 

 以上、英文ビジネスメールの参考書にはあまり書かれていない話ですが、ひとつのヒントとして参考になれば幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここでは、英検にこだわらず、もう少し切り口を広げて「ためになる英語」とは何かについて考えてみたいと思います。少し変わった例から始めてみましょう。映画「Before Sunrise」の冒頭シーンです。

 ヨーロッパを旅行中のアメリカ人青年が、列車の食堂車で一人の女性に声をかける場面があります。いわばナンパの場面です。相手の女性はフランス人の学生。青年は英語で話しかけます。すると彼女は軽くこう言います。

「あなた英語上手ね。アメリカ人?」このあたりまでは、ただの会話のように見えます。しかし、すぐに次のパンチが飛びます。

And you don’t speak any other language, right?

 つまり、「あなたって外国語話せないんでしょ?」という意味です。かなりストレートです。要するに彼女はこう言っているのです。「英語しか話せないアメリカ人って、たいしたことないわよね」もちろん、少し冗談めかして言っている部分もあります。しかし、言っていることはかなり強烈です。

 

一方、アメリカ人の青年は苦笑しながらこう返します。

I'm the crude, dumb, vulgar American.

「そうさ、僕は教養のないアメリカ人さ」と、いわば白旗を上げるのです。

 さて。この場面を見て、日本人のあなたはどう思うでしょうか。おそらく多くの方は、こう感じるはずです。「こんな言い方、日本人にはできない」。

その通りです。日本人にはなかなかできません。しかし、よく考えてみると、これは少しおかしいのです。

 なぜなら、このフランス女性は外国語を話せる人間だからです。フランス語以外に英語も話せる。つまり、少なくとも二つの言語を使える。一方、この青年は英語しか話せない。そうであれば、多少は上から目線になってもおかしくはないわけです。

 ところが日本人はどうでしょうか。英語を話すとき、ついこう言ってしまいます。「アイ キャン スピーク イングリッシュ ア リトル」あるいは「下手な英語でごめんなさい」と言い出しかねない。まだ話してもいないのに、最初から謝ってしまうのです。

 しかし、少し考えてみてください。あなたは日本語を話せます。英語も話そうとしている。つまり、すでに二つの言語を使おうとしている人間です。それなのに、なぜここまで弱気になるのでしょうか。もちろん、日本社会には謙遜の文化があります。へりくだることは美徳です。それは日本社会の中での話です。国際社会では必ずしもそうではありません。むしろ、あまりにも謙遜すると、「自信がない人」と思われることもあります。あるいは「頼りない」と感じられることもあります。

 英語が完璧である必要はありません。むしろ重要なのは態度です。母国語以外話せない人に対して、自分は英語という母国語でないを使って会話している。そのくらいの感覚を持っても、おかしくはないのです。つまり、自分は英語を話してあげているくらいに思ってもいい。傲慢になる必要はありません。しかし、過剰にへりくだる必要もないのです。少なくとも、「こんな下手な英語ですみません」という姿勢は、そろそろやめてもいいのではないでしょうか。

 本ブログ筆者自身も、アメリカのある公共機関との契約交渉を担当したことがあります。前任者の時代に2年近く膠着していた案件でした。しかし、担当が変わってから1年弱で、最終的に合意に至りました。その時の経験からも重ねて申し上げたいのです。

 英語を使って「あげている」と思っていい、と。

 せめて映画に出てきたこのフランス人女性の半分でもいいから、度胸を持ちましょう。もっと強く出ましょう。そうすれば、今まで見えなかった景色がきっと見えてきます。

 以上、英語の参考書には書かれていないかもしれませんが、あなたの英語、英会話上達のヒントになれば幸いです。