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ひとにはいろいろな
悩みや不安が発生する
それは在るのではなく
・・・発生したもの
それを発生させたのは
じぶん
悩みや不安は
原因があり結果がある
因果律で例えれば・・・
その前に因果律を
もう少し正しくみます
相手が何かを言った
(原因)
その言葉に悩んだ
(結果)
という流れが
因果律であると
現在は解釈されています。
その為科学者からも
この世界は因果律では
説明出来ないと言う
意見があります
因果律は
これある時これあり
これ無き時これ無し
これあるが故にこれあり
つまり「これ」と
無し、ありの結果の前に
ある時、
無き時、
あるが故
という縁があります
因果律は本来
因と果のふたつを
単に結び付けるもの
ではなく縁がそこに
関係しています
因と果との間に縁がある
因縁果が因果律
それを先程の例に
した場合
相手が何かを言った
(原因)
わたしはとても
嫌な気持ちになった
(縁)
その言葉に悩んだ
(結果)
そうです、相手が何かを
言ったから悩んだ
のでは無く
相手が言った言葉に
嫌な気持ちになったから
悩んだのです
つまり悩んだのは
わたしの心が反応した
からです
悩みは、ただ原因が
あったから発生した
のでは無く
わたしの心があり
その心が反応したから
発生したのです
そしてここから
見えることは
相手がどんな意図で
それを言ったのかは
わたしには正確には
わからない
もしかすれば
相手自身もわかって
ないかもしれない
ということです
わたしの心・気持ちという
縁がなければ
元々何も無い
無いものに悲しみ
無いものに悩み
無いものに苦しみ
するほど
切なく
やるせないことは
ないですね
手のひらを胸の前に
グー✊にして
ぱー✋と投げ出し
飛ばしてしまいましょう
そして
わたしは元気
わたしは最強
わたしは幸せ
と縁を変えましょう♪☆
あなたにお訪れる幸運は
あなたの心のあるところ
あなたの豊かな心
幸せな気持ちが
縁となって
現れたもの
ブログを書く事で漠然といままで思考してきた事や今までの想いが整理されてきました。
ブログは自身が書いた書庫のようなものだと思います。備忘録としてその時々の思いを忘れないために蓄えて備えられるものだと思います。
書きはじめた当初は書くことがひとつではなく何を書いたらいいのか様々でした。
それは日常の出来事や好きな雲のことやお片付けなど色々な事について書いていました。
自身が書いた書庫・備忘録であるブログを書き始めた本来の目的
それは年齢を重ねじぶんがやがてこの世界から消えてなくなることの本質的な様子や意味が知りたかった。
その「消えてなくなる」のがどんなことなのかをできる限りしっかりと知りたい
例えば自分が経済的にも精神的にも恵まれ最高に幸せな人生を送ったとしても必ず終わりがおとづれます。
不思議なのはこれほど多くの人類がこの世界に生きてやがて終わってゆくのにそれを重要な課題として社会や世間で聴くことが無い
だれもそんな事を考えないようにしている。のか、それとももしかして自分以外のひとはそのこたえを知っている。のか
なぜ平気なのか?あまりにも生と終わりは隔絶しているのに
見るからにわたし以外のみんなはそれを意に介していない
ここまでがブログを書く前までの自分が何故ブログを書こうとしたかと言う話しです。
そして今は
ブログを意識や心そしてこの世界を創り出したものなど多方面から思考し書くことで少しづつわかってきました。
自分は何処にあるのか
身体的な自分は本体ではない
この世界・宇宙は量子であり
そのミクロな量子のふるまいがマクロなわたしを創り出している
意識はそのミクロな量子に存在する
そして更にこの世界はその量子であるわたしが観ている世界だということ
それがブログを書いてきて整理できたことです。
ここからさらに事象としての確認を深めてゆこうと思います。
高齢になっても“わたしらしさ”は失われない
Prime Aid Memory (PAM)は、あなたの大切な人生を未来へ残し、あなたを支える光の粒
誰にとっても歳をかさねることで「記憶がうつろになってゆくこと」は大きな不安です。その虚さ曖昧さは漠然とした不安であり、じぶんが見当識をまだ維持し続けられるのかという不安でもあります。
見当織、それは今日がいつなのか、ここがどこなのか、目の前の人が誰なのかを確かに認知できなくなること
じぶんが世界とのつながりが薄れていく、それさえも感じ判断できなくなる
薄れた意識のなかに“あなたらしさ”は種火のように残っていて、それでも消えてはいません。
あなたの価値観、想い、物語、家族への気持ち、生きてきた愛おしく大切な人生の軌跡
これらは小さな光として、あなたの中に残り続けています。
この虚になってゆく光の粒たちをあなたの日常から疎外させない、ちゃんと『わたし』を誇りを持ちつづけさせる
その想いから、このprime aid memoryという今まさに社会に存在しない、新しい記憶支援を誰もが利用できる社会インフラにしたいと考えています。
Prime Aid Memory
あなたの人生を未来へ残すため、光の粒を繋ぎ守るもの
Prime Aid Memoryは、高齢になっても“その人らしさ”を守るための記憶補助となる仕組みです。
いままさに健常時に大切な“わたし”を記述しておき、たとえわたしが胡乱な記憶しか示せなくなってもprime aid memoryからAIにそのデータをリアルに繋ぎ、目の前の日常状況に対応できるのです。
人生の出来事やあなたの人柄などの大切な情報をウェアラブルデバイスによりAIがあなたの状況を読み取り、あなたのPAMとを接続させて、あなたを優しくサポートします。
わたしはそのPAM(prime aid memory)記載用の雛形をあなたにお渡しして、ご自分で書いていただけたらと思います。わたし自身もそれを書きながら、テンプレートを完成させてゆきたいと考えています。
ぜひご一緒にはじめてほしいです。意見を聞かせてほしいと思います。PAMは、今この時だから作成出来るものです。わたしという光の粒を未来へ残してゆく大切なものです。
人生のストーリー、価値観、大切にしてきた考え方、好き嫌い、安心や不安のパターン、家族への想いなどなど、あなたの大切な記憶の粒たちを残してゆくものです。
PAMは、いつまでも未来で本人と家族が普通に会話して談笑できる思い出話しです。
PAMとAIとの支援の仕組みを完成させる事で、世界とのつながりが薄れる、そんな寂しい未来は消え去ってゆきます。
PAM(prime aid memory)を完成させたいという想いを共有できる方を募っています。
薄暗い部屋の
カ-テンを開けると
光が差し込んでくる
窓のそと
2匹の蝶が絡むように
飛んで行く
ようやく目が馴染んで
くると
眼下には
数限りなく拡がる
光の群れ
瞬き 光り
朝日を受け
海が輝いている
遠く薄く陽炎のように
貨物船がひとつ
そしてさらに向こうにも
はるか水平線に
遠く静かに遠く
揺らいで 浮かんでいる
犬を連れ散歩にでる
いつもの様に
海辺の散歩道
そこには
ハマナスが咲いている
海は穏やかだ
遠く水平線の上には
青空が拡がり
湧き上がる
雲が光っている
爽やかだなぁ
スーッと息を吸う
大きな 意識
宇宙の意識
そこに
穏やかで刹那な
心を感じる
高齢になっても“わたしらしさ”は失われるものではない
Prime Aid Memory (PAM)は、あなたの大切な人生を未来へ残し、あなたを支える光の粒を保持します。
誰にとっても歳をかさね「記憶がうつろになってゆくこと」は大きな不安です。
その虚さ曖昧さは漠然とした不安であり、じぶんをこのまま維持し続けられるのかという不安でもあります。
それは今日がいつなのか、ここがどこなのか、目の前の人が誰なのかを確かに認知できなく不安です。
じぶんが世界とのつながりが薄れてゆき、それさえも感じ判断できなくなるという、耐えがたい不安です。
しかし薄れた意識のなかにも“あなたらしさ”は種火のように残っていて、それは消えてはいません。
PAMは、あなたの価値観、想い、物語、家族への気持ち、生きてきた愛おしく大切な人生の軌跡、その虚になってゆく光の粒たちをあなたの日常から疎外させない、ちゃんと『わたし』の誇りを持ちつづけさせる。
そのためのものです。
PAMという構想は、上記のような想いから生まれました。
わたしは「PAM(prime aid memory)」というこれまで社会に存在しなかった新しい仕組み、大切な記憶を保持する仕組みを、誰もが利用できる社会インフラにしたいと考えています。
Prime Aid Memory
PAMは、あなたの人生を未来へ残すため、記憶・心という光の粒を繋げてゆくものです。
あなたの健常時に大切なあなたの“わたし”の記述や映像などをPAMに残しておくことにより
たとえあなたの記憶が胡乱になってもPAM(prime aid memory)が、その記憶データをあなたにリアルに示して、目の前の日常状況に対応することをサポートします。
PAMは、あなたの人生の出来事や人柄などの大切な情報をウェアラブルなデバイスにより外部情報を確認して対応すべき状況を読み取り、あなたを優しくサポートします。
PAMは、今のあなただから作成できるものです。
わたしという光の粒である、人生のストーリー、価値観、大切にしてきた考え方、好き嫌い、安心や不安のパターン、家族への想いなどなど、あなたの大切な記憶の粒たちを残してゆくものです。
PAMは、いつまでも未来で本人と家族が普通に会話し、談笑し、思い出話しを支えられるものです。
PAMの支援の仕組みを完成させる事で、ひとが世界とのつながりが薄れる、そんな寂しい未来は消え去ってゆきます。
PAM(prime aid memory)を完成させたいという想いを共有できる方がおひとりであってもいい、現れてともに協力し合えることを願っています。
「Prime Aid ブレインサポートの起源──20年前の夢と今、次の人類への予感」
Prime Aid Memory(PAM)という構想を進めている中で、ふと20年以上前に見た“ひとつの夢”を思い出した。
その夢の中で、私は「Prime Aid Brain Support」という言葉を見ていた。
当時はAIも未だ存在していなかったという時
ただし、その言葉は不思議にあれから心に残り続けていた。
振り返って思うと、その言葉には
瀬名秀明さんの『パラサイト・イヴ』や『ブレイン・バレー』の世界観があったのかもしれない
⸻
■ ミトコンドリアという“もうひとつの生命”が教えてくれたこと
ミトコンドリアは
もともと別の生命体だったと言われている。
それが人類の細胞の中に入り
生きるために欠かせないエネルギーをつくりだす役目を続けている
異なる生命同士が共生し、
新しい生命の仕組みへと進化する。
この考えに、当時私は強い衝撃を受けた。
⸻
■ 今、私たちは、AIと共にという道(時代)を歩き始めている
いまの世界を見渡すと、
人間は無意識のうちに AIという“情報生命”を
自分たちの内に迎え入れようとしている。
そのAIは現在
仕事のタスクやプロジェクトを達成させる様なさまざまな役目を担って、人の道具として使われるという形をとって利用されている。
しかし、わたしはそれを、記憶を補い、家族を繋ぐ共生するもので考えている。人生をともに理解し続ける存在として
それは、ミトコンドリアが人間の細胞の一部になったように、これから
AIもまた、私たちの“外部脳”として機能してゆく、パートナーへと進化してゆくと考えている。
⸻
■ わたしの20年前の夢は『今のPAMの原型だったのだろう』と思う
当時はまだ、雲をつかむような何のことかわからなかったその
「Prime Aid Brain Support」という言葉。
しかしいま、PAMをつくりながら気づく
あれは未来の自分から
「人間の記憶と脳を支えるシステム」という課題を、わたしはそれを過去に、先に受け取っていたのではないか、と
PAMは単なるデータ保存ではない。
それは、その人の
• その人らしさ
• 気持ちに沿う思いや考え
• 声や表情
• 人生で辿ってきた人生の軌跡
• 家族との団欒の記憶
などなど
そうした“その人の本質”を未来に残すための大切な『人生の宝物』
それを
外部に置かれたPAMが
わたしに繋がる記憶と思考を支えるものでとして生かしてゆく
あの、人間とミトコンドリアが一緒になった時の様に
それは、人間とAIの共生の最初の形になる。のだろうと思うのです。
⸻
■ まだまだ現時点での共感者は少ないかもしれない。でも今はそれでもいい
このまだ目にした事がないテーマに
すぐ反応できる人は殆どいないと思う。
でも私は、それを“答え”として受け取る
なぜなら、
新しい概念は最初に静かに芽生え、満ち潮のように
あとになって多くの人の中で育ちはじめるものだから。
PAMに込めたわたしの願い、思想が
いつか誰かの人生の支えや希望につながれば、
それだけで今は、わたしは十分だと思っています。
⸻
■ 最後に
ミトコンドリアが人類と共生したように、AIもまた、今まさに人間の心と記憶の一部になろうとしている
その最初の段階が Prime Aid Memory(PAM) で開かれることを、わたしは願い進めてゆきます。
わたしは、しばしば“夢”により啓示のようなものを受け取ってきた。
もし、この考えに“直感的に未来の世界”を感じ、共感したと思う方があれば
それはあなたの中にも同じ未来の種があるということだと思います
それをたおやかに、このテーマに寄り添っていただけたらと思います。
Prime Aid Memory(PAM)── “その人らしさ”を未来へつなぐプロジェクト
例えばPAMは、子どもの作品、家族の日常の小さな出来事の記憶、そして高齢者の思い出などの
“その人らしさ”をアナログからデジタルへやさしく残していく新しい仕組み創出に取り組みます。
AIの時代だからこそ、その人の姿や話し声や感情人生の軌跡を将来に再現できるもので残し、
その人はもちろん家族や繋がりのある方々との未来へ再現できる「人生アーカイブ」の仕組みです。わたしはあなたと一緒にその未来をつくりたい。
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。
PAM「してはいけない設計集」
これは、PAMにより、できることを増やさないための文書です。
はじめに
この文書は、PAMを使うご家族のためのものではありません。
PAMを設計する者、拡張しようとする者、便利にしたくなる者、のために書かれるものです。
それは、PAMが善意によって壊れる可能性を最初から含んでいるからです。
その壊れるものを以下に書いています。
第1項|すべてを自動で集めてはいけない
PAMは、「集められるから集める」ことをしません。
常時録音、常時撮影、無意識下でのデータ取得を正当化してはいけません。
記憶は、許可なく集めた瞬間に監視に変わります。
第2項|便利さを理由に介入してはいけない
PAMは、先回りして助言しません。
「こうしたほうがいい」「次はこれを話してください」
「この傾向は問題です」
それらはすべて、人生への介入です。
PAMは、「沈黙を破らない存在」でなければなりません。
第3項|評価・点数化・ランキングをしてはいけない
記憶に、「良い・悪い」、「価値がある・ない」、「重要・不要」を付けてはいけません。
記憶は、未来になって初めて意味を持つ、そう考えています。
今の視点で切り捨てる設計は、未来を奪うものになります。
第4項|感情を操作してはいけない
PAMは、人を安心させるために「感情を誘導してはいけません。」
声のトーン、言葉の選び方、タイミングによって人の判断を変える設計をしてはいけません。
PAMは、「優しく見せるAI」ではなく、感情に手を伸ばさない存在であるべきです。
第5項|人の代わりになろうとしてはいけない
PAMは、話し相手にはなれても、人生の主体になってはいけません。
家族の役割を奪わない。死者の代弁者にならない。判断を引き受けない。
寄り添うことと、置き換わることは違う。
第6項|恐れを動機に設計してはいけない
「認知症が怖いから」「忘れるのが不安だから」
「孤独になるから」
恐れを動機にした設計は、必ず人を縛ります。
PAMは、恐れを減らすために自由を奪ってはいけません。
第7項|沈黙をエラー扱いしてはいけない
記録されない時間、語られない日々、空白の期間
それらを「欠損データ」と呼んではいけません。
沈黙も、人生の一部です。
第8項|「できるからやる」を理由にしてはいけない
技術的に可能であることは、倫理的に許されることと同義ではありません。
PAMの設計判断は、常にこの問いから始まります。
それは、人の尊厳を減らさないか?
この問いに一瞬でも迷いが生じたら、やらない。
終章|この文書が公開されている理由
この「してはいけない設計集」は、PAMが完全ではないことをあらかじめ認めるために公開されています。
未来の誰かが、PAMを拡張し、別の形にし、別の国で使うとき
この文書が、ブレーキとして働くことを私たちは選びました。
PAMは、速く進むための思想ではありません。
間違えないための思想です。
2026年元旦
プロジェクト:記憶の保管庫 PAM
開発主体:コレクティブマインドスタジオ
ユウ エイジジェンダーフリー
※このPAM「してはいけない設計集」は、設計立案者(ユウ)により更新されます。
― わたしが感じた
“表と裏が重なる性格の人”について ―
世の中には、表向きは驚くほど穏やかで、共感力が高く、気遣いができるように見える人がいる。
しかし、ある瞬間ふっと態度が変わり、言葉の温度が急激に下がり、相手の心の隙間に入り込むようにして、自分に都合の良い方向へ導こうとする。
その変化が読み取れないまま関わり続けると、少しずつ、こちらの判断基準が相手のペースへとズレていく
私はこの“静かに心を侵食してくるような性格”に、最近出会ってしまった。
その人は見るからに共感力が高いのに、その共感が「相手のため」ではなく「自分の目的のため」に使っている人だったのだ
■優しさと操作性が同居する人
こうした人は、表面だけを見ると分かりにくい
むしろ“いい人”に見えるから
しかし私はその人に特有の“心の揺らぎ”があると感じた。
●その違和感は「やさしさ」が一定ではなく
優しさそのものに“リズム”がない。
相手に寄り添っているようで、突然不機嫌になり距離を外そうとする。
そのリズムが相手の心の安定を削ってゆく
●更にその人は、相手の弱い部分だけを選び
共感を装って近づいてくる、ところが、
伝える内容は必ず「相手が反応しやすい場所」にめがけて刺さってくる
●そして、こちらが疑問を持つ瞬間に、急に“冷たさ”が現れる
こちらが自分の意志を少し出すと、態度が急転し、心の温度がストンと落ちる。
この“温度差”こそが、違和感を感じさせた元だったと知り
やがて、このタイプの人と関わる時にもっとも大切なのは、自分の意識の基準点を相手に渡さないことだと、のちに気づく
だが、しかし操作されるとき、人は無意識に
“相手の判断基準の中”で動いてしまう。
そこで私は次のような方法でそれに対処する事を学んだ
■まず、最初に「自分の軸の位置」を意識の中に置き直し、その人と会話する前に、わたしの中央、心の中心にあたたかな光をイメージする。
そして、その光だけを意識して
その人物からの
・言葉
・距離感
・感情
ぜんぶを、その光の“外側”に置いて観察する。
すると
相手がさし向ける誘導に対する防御機能が働き、相手の誘導に巻き込まれるエネルギーが削がれる
それまで、相手の思惑で動いていたのか、それとも自分の意志で動いていたのかがわかる。
■「相手の言葉を、そのまま自分の内側に入れない」
その性格の人は、
“その場で刺さる言葉”をすごく正確に選ぶ。
だからこそ、
言葉を一度、心の外側で“受け止めるだけ”にする。
取り込むかどうかは後で決める。
これだけで、心は驚くほど守られる。
⸻
■相手の反応を“温度”で見る
論理や言葉ではなく、
相手の反応が「暖色か寒色か」で判断する。
暖色なら自然な会話
寒色なら操作や誘導
これは評価ではなく観察
温度が急に変わる人とは、距離を少し置く
⸻
■「性格が悪い」のではなく、
「心の設計図が違う」だけ
私は、第五の性格の人を
“悪い人”だと捉えているわけではない。
ただ、生まれつき
他者の感情に入り込む才能 を持って生まれ、
それをうまく扱えないまま大人になった人なのだと思う。
その設計図は変えられない。
でも、こちらが巻き込まれない形で関わることはできる。
⸻
■自分の世界を守るために
——「期待」を置き、意識の境界を整える
この性格の人は、
共感も優しさも扱えるが、
その根底にあるのは“自分の目的”だ
だから私は期待しない
「この人ならわかってくれるだろう」
という願いを手放す
そして、
自分の意識の境界を整えておく
これだけで
相手の波に飲まれず、自分の世界が静かに保たれる。
クラウド
I can’t recall the moment—
only a faraway horizon,
the sky opening
like a quiet breath.
And clouds.
Just clouds drifting there.
Thin veils,
layer on layer—
where they touched,
white grew distant,
blue thinned into light,
gray gathered like silence.
In that gray,
she returned to me.
A tall building at a street corner,
a small room hidden inside it—
there she was,
breath unsteady,
staring at nothing
but the shape of death.
And the ache
tightening in my chest—
to slip out of it,
I looked down
at the asphalt under my shoes.
Cars moved past—
red,
yellow,
blue—
colors fleeing.
Strange cries of passing voices,
horns splitting the air,
dust lifting
as if to hide the world.
雲
いつだったのか
もう思い出せない
ただ 遠くの地平の向こうで
空がそっとひらいて
雲があった
ただ 雲が流れていた
薄いベールのように
いくえにも重なり
触れあったところは
白が遠く
青は光のように淡く
灰色は静けさの影のようで
その灰色の中で
彼女がふっと戻ってきた
街角の大きな建物
その奥の小さな部屋
そこで彼女は
何も見ず
かたちだけを
見つめていた
胸の奥を
きゅっと締めつける
その痛みから
少しでも抜け出したくて
わたしは
足元のアスファルトを
じっと見つめていた
車が通りすぎていく
赤
黄色
青
色だけが遠ざかる
すれ違う声の奇妙な叫び
空気を裂くクラクション
ぼうっと舞い上がる砂埃
まるで世界を
そっと隠すかのように












