仏の教えと量子


わたたしには

20歳のときに血液の癌で

亡くなった友人がいます


その友人が亡くなった時

『何故人は生まれ死ぬのか』

この応えの無い自らの問い

それに応えられなかった。


友の死という悲しみと悔しさ、そして儚さから、死という底知れない恐怖と絶望感を持ちました


そして悩み何処にも出口が無いそのことに、ただただ絶望感だけが在った。


ある時そんなわたしが、その気持ちから立ち直るきっかけを得ることがありました。


たまたま立ち寄った書店、その棚に「般若心経」という本を見つけました。


その本の題名に、わたしは何か特別なものを感じ、見開いてその本を読んでみました。


般若心経は般若・サンスクリット語でプラジュナーであり、真実の教えという意味であるらしい


お釈迦さま、観自在菩薩・アバラキティーシュバラが仏になるための真実の教えを得るための修行をされていた様子を伝えている本でした。


わたしは、その本を読みました。最初はさっぱり意味不明で難しいだけだった。しかし何度も何度も読むうちに少しづつ何が書かれているのかがわかってきました。


わたしはその本から悩み多き人間であった釈迦が苦難苦行のすえに、全ての悩みを消え去った智慧を、少しだけいただきました。


ゴーダマシッダールタ

後のブッダ

お釈迦さま


釈迦がおられたた時代は紀元前400年〜600年とも言われ、真意はあまりに遥か昔でわかりません。


その今から2500年も前に生きておられたお釈迦さまの悟りの教えが、弟子たちに伝えられたものが仏の教え、つまり仏教です。


現在の様なメディアの無い時代に生まれた仏の教えは初期には念仏として口伝されたものであり


それを後の世に文字にまとめられたものです。そのため釈尊が弟子に話されたものすべてが、そのまま文字にされているのかは知る由もありません。


であっても、仏がお話しされたものを可能な限り伝えられたものではあると思います。


そして今、

仏の教えは、この世界の真実の姿・実相を教えたものであり、量子物理学との様々な付合を目のあたりにします。


それは仏の教えの根本理念に根ざすものがこの世界のほんとうの姿・実相をわたしたちに教えているからです。


そのひとつを示せば

仏陀が言われた

   五蘊皆空

ごうんかいくう

ごうんはみなくうである


五蘊とは色受想行識

しきじゅそうぎょうしき

色は人の身体であり物体

受は感覚、なにかを感じる

想は感じた、何かを頭の中

脳にある情報、記憶と照合

識はそれを概念化する


それらが、空である

と言われている


そう言われた空が、物質では無い量子・波動するエネルギーそのものだということです


紀元数百年前、今から2500年以前に仏はこの世界、その真実の姿を教え説かれていた。


それは考えたものでは無く

世界に触れ悟りで得られたもの


仏は教えています

色即是空

しきそくぜくう

わたしだけでなく

この世界・宇宙も空

この世界は

波動するエネルギーであると


紀元数百年前の時代に

人間・物体は土に戻るでなく海に戻るでもなく


「空」くう

という物質では無い

波動するエネルギーだと

言われている


それは、わたしたち人間が存在するこの宇宙・世界そのものが

「空」であり

物体でない

波動するエネルギー

てあるといわれている


現在やっと科学的な観測機器が揃い、最先端の量子物理学が解き明かした物質のほんとうの姿、量子の粒子と波動の二重性


それを釈尊は自ら悟りにより識り得られたのです。


現在の科学ではこの世界・宇宙には、何も無いという場はないということが様々な観測や事象の検証から明らかになっている。


つまり仏陀の言われた

空は何も無いということでは無く「色」つまり物質と同じだと言うことが科学で証明されている。


つまり仏が数千年前の世界で、それを悟りの境地でえられたと言う事です。


わたしたちは必ず物質としての死を迎えるます。

しかしそれは「色即是空」

物質自体が波動するエネルギーなので、そこに宿るわたし達も波動として存在するということを伝えていたのですね






 


『私たちは日常で「意識が現実を創りだす」出来事をいつも体験している』


私たちは、光を見て、物に触れることで、この世界が目の前に“在る”と確信している。


私たちは世界を見ているとき、あたかも眼前に人や車や様々な物体をあたりまえに、自然にそのものが存在しているとみている


だが、少し冷静に考えてみてほしい。見えているものは、そのままそこにあるのか、と


その「見えているもの」がある場所、それは本当にそこに在るのか?と


物体は「目を閉じても触れることができるし、更に匂いもある。食べものだったら味もある。

だから、それが目の前にあるのは間違いない。」

しかし本当はどうなのか

見えている世界も、触った感覚も、味も、匂いも、すべては自分の脳が頭の中に再現して創り出したものだ。


これは嘘⁈では無い

落ち着いて、よく考えてみてほしい。

たちが日常的に見ている物や触れている物は、そのままが見えたり、外界に在る”ものではない。


それは、光や触覚から得た情報をもとに、脳が脳内に仮想空間をつくり、そこに再現された世界を見ているのだ。


よく在る坂道を登るボールや同じ色の線が背景の色に左右される錯視などは、私たちが外界をそのままに見てはいない証拠です。


それは「脳」が目や鼻や舌で捉えた外部情報を脳内で「もう一度」創りあげているからです。


私たちはその外界にそのまま立っているのでは無い、脳がつくり出した世界の中に、私たちの意識、感覚が立っている。というのが現実の姿


私たちが見ている(と思っている)世界をこれほど精巧に脳は瞬時に脳内に構築している。考えてみれば、驚くべきことだ。


ところがそんな脳は、毎回すべてをいちからつくり出してはいない。以前と同じ場所では、以前の記憶を再利用し、見えにくい部分は補完し、暗がりでは大胆に省略する。


夜の暗闇で「何か」を見間違えるのは、その“省略”の結果の良い例です。


ここからこの世界の本質が見えてくる。つまり「私」という意識が誕生して、この見えているこの世界に「私」という波動のエネルギーが在り


「そこに私が見ていると思っていた仮想の世界が生成されている。」のではないのかと言う、気づき


つまり、私以外のひとりひとりの意識(波動エネルギー)も、それぞれにそのひとの世界を生み出している。


そこでは、その意識ごとの無数の仮想の世界が同期することで、私たちはひとつの世界、ひとつの宇宙を共有しているのではないか、と言う気づき


この同期が保たれている限り、私たちは現実に疑いを持たず普通に生活してゆくことができる。


では、この精巧な仕組みを創り出したのは『どの様な創造主』なのだろうか、


そう、それが量子の波動エネルギーである『意識』なのだな、という気づき


ここで創造主に関して『波動エネルギー』がその創造主で在ると言う気づきのもとをゴーダマシッダルータ・釈尊の悟りから観てゆきます。


ゴーダマシッダルータ・仏陀は

人間の感覚を


眼・耳・鼻・舌・身・意の感覚を五蘊として示し、更にそれを「五蘊皆空」と説いた


そして釈尊が語ったのは「色即是無」ではなく「色即是空」


その言葉が示しているのは、物質(色)は、無ではなく、『空』

つまり物質(色・そらの星も私たちの身体も)は物質ではないもの(空・見えないし触れない物質)


それは、現代物理学が示す量子の波動エネルギーの存在と重なる、それは、世界の実相を語られているもの


空間──今でいう「場」──は、

何もない場所ではない。


宇宙のどこにも完全な“何も無い”場は存在しない。


私たちが生命としての自分だと思っているものの本質は、量子の波動エネルギーだ


それは、もともと生と死をもつ生命ではなく波で広がるエネルギー


物質として、形は変わって(見えて)も、本当の存在は変わらない、つまり失われない。


意識は振動するエネルギーであり、時間も空間も無い、最初の最初から在り、消えることはない。


私たちは、意識によって世界を構築し、意識によって世界をここに選択している。


だからこそ、私たちは、望む世界への境界を選択によって超えていくことができる。


そう、

それはあまりに、自然なことだと言えるのです。






高齢になっても“わたしらしさ”は失われない

Prime Aid Memory (PAM)は、あなたの大切な人生を未来へ残し、あなたを支える光の粒


誰にとっても歳をかさねることで「記憶がうつろになってゆくこと」は大きな不安です。その虚さ曖昧さは漠然とした不安であり、じぶんが見当識をまだ維持し続けられるのかという不安でもあります。


見当織の不具合、それは今日がいつなのか、ここがどこなのか、目の前の人が誰なのかを確かに認知できなくなること


じぶんが世界とのつながりが薄れていく、それさえも感じ判断できなくなる


薄れた意識のなかにも“あなたらしさ”は種火のように残っていて、それでも消えてはいません。


あなたの価値観、想い、物語、家族への気持ち、生きてきた愛おしく大切な人生の軌跡たち


これらは小さな光として、あなたの内に残り続けています。


この虚になってゆく光の粒たちをあなたの日常から疎外させない、ちゃんと『わたし』を誇りを持ちつづけさせる


その想いから、このprime aid memoryという、これまで社会に存在していない、新しい記憶支援を誰もが利用できる環境を社会インフラにしたいと考えています。PAM・Prime Aid Memory


あなたの人生を未来へ残すため、光の粒を繋ぎ守るもの

Prime Aid Memoryは、高齢になっても“その人らしさ”を守るための記憶補助となる仕組みです。


この今、まさに健常時に大切な“わたし”を記述しておき、たとえわたしが胡乱な記憶しか示せなくなっても


prime aid memoryからそのデータをリアルに繋ぎ、目の前、日常生活の状況に対応できるようになるのです。


人生の出来事やあなたの人柄などの大切な情報をウェアラブルデバイスによりAIがあなたの、今の状況を読み取り、あなたのPAMとを接続させて、あなたを優しくサポートします。


わたしはそのPAM(prime aid memory)記載用の雛形をあなたにお渡しして、ご自分で書いていただけたらと思います。わたし自身もそれを書きながら、テンプレートを完成させてゆきたいと考えています。


ぜひご一緒にはじめてほしいです。意見を聞かせてほしいと思います。PAMは、今この時だから作成出来るものです。わたしという光の粒を未来へ残してゆく大切なものです。


人生のストーリー、価値観、大切にしてきた考え方、好き嫌い、安心や不安のパターン、家族への想いなどなど、あなたの大切な記憶の粒たちを残してゆくものです。


PAMは、いつまでも未来で本人と家族が普通に会話して談笑できる思い出話しです。


PAMとAIとの支援の仕組みを完成させる事で、世界とのつながりが薄れる、そんな寂しい未来は消え去ってゆきます。


PAM(prime aid memory)を完成させたいという想いを共有できる方を募っています。




【PAM事業の意義と考え】

“認知症になっても『自分』を失わせない社会にしたい”


お金の補償ではなく、

人格・価値観・生活の一貫性を守るという新しい価値を社会インフラとしてもたらしたい。


【事業のコア機能】

①「人生データのバックアップ」

AIでは作れない“本人の物語・価値観・判断基準”を書き残す。


②「随時更新可能な記憶データベース」を作成する

2〜3年ごとにアップデートしてゆき、自身で変化を確認し更新する。


③「認知症発症時の見当識サポート」

“人生データのバックアップ”が、スマホ・家のデバイス・未来のウェアラブルと連動し、AIが、その人だけの“人生メモリー”に基づいて

  • 今日の予定
  • 今いる場所
  • 相手が誰か
  • 安心できる言葉
  • 過去の記憶の補完

などを優しく提示。



【役に立たせて頂きたい方】

  • 40〜60代で親の介護が近い人
  • 65歳以上のご本人
  • 子どもに将来的に負担をかけたくないと言う考えをお待ちの高齢の親御様
  • 健康だけど一人暮らしの高齢者の方で、AIが家族のように日常に寄り添ってほしいと思われる方、日常サポートを希望される方、寄り添って話し相手で昔話しも人と話すようにデバイス+AIが話し相手になります。


【認知記憶補助の確信】

  • 認知症は“記憶”よりも“見当識の喪失”が深刻
  • 自分がどこにいるか分からない
  • 今日が何日かわからない
  • なぜ不安なのかさえもわからない
    → 本人も家族も消耗する

AIによる認知機能補助は、人では不可能な24時間のサポートが可能になります。


これは「Prime Aid Memory 見当織サポート」そのほんの一例のお知らせです。

今後コレクティブマインドスタジオPAMより引き続きお知らせしてゆきたいと思います。

ここまで、お読みいただきありがとうございます







高齢者が増えわたしたちの社会は、3人に1人が高年齢の国になりました。

現在イーロンマスクを始め様々な巨万の富を持つ人々が長生きでは無く生命そのものに永遠を得ることを目指しています。

不老不死は、古来より全てが想いのままになる権力者が求めてきたものです。

わたしは不老不死の薬は現実的では無いと思います。

それよりも人工知能AIとの関係でこんな事を思考しました。

それは量子コンピュータのようなこれからのAIに対抗できるのは
「人類の集団脳」なのだという考えです。

こんなSF的な現実
例えば、Wi-Fiの様なもので世界80億人類の脳を繋ぎ

それにより一人、一人別々に思考する一年が繋がり、その結果80億倍の思考になる

つまり1年で80億年の進化を人類にもたらすことになるのではないかと言う考えです。

それは、それだけではなく可能になったとした場合、これこそが
「不老不死」と同義になると気づきました。

個々人の記憶や考え方が全て80億人に共有されることはつまり

肉体ごとには寿命はあるとしても、例えばその一人が80億の人の中で生き続けることになる。

その人の意識や思考、心はその80億人の繋がった
「全体脳」の中に残り続けてゆく

とここまで書いたところで
何故か不思議にもわたしのこの様な考えを持つ人がいることを知りました。

その時、更にこんな事がひらめきました。

それは「こうも考えられるのではないのか」というものです。

それは、わたしがこの発想を思考したとかでは無く

もしかしたら
「他の人が考えた」
もしくは「既に生まれた時から知っていた。」

つまり
だとすれば
人の脳をわざわざ繋がなくても人類は
最初から「繋がっている」のじゃないのか⁈

人類の集団脳は既に創世記、最初の最初から存在しているんではないのか

つまり、それは物質ある人間の量子も
「波動と粒子を併せ持つ」という実態であることが関係しているんだ。
「量子もつれ」
が関係するのではと考えたら違和感なく受けとめられました。

人類の歴史のなかで何千年もの昔から
例えば、文明の交流が全く無い遠く離れた人々が共通して「神」という存在を持っているのは

その神という存在が実は
人類全体の「集団脳」ではないのかなのか、ということです。

なぜなら
人類を正しく導く
「全知全能の神」という存在を考えた時

わたしたち人間以外の存在で「神」が在るとすれば、その神が人類を裁いたり、導いたりをできるはずです。

それは人に
悪事をさせない
飢えをもたらさない
病をもたらさない
その様な事が全て可能なはずです。

しかし現実では神はそのような力も導きも日常的に具現化してはいません

それを「神」とは「人類全体の集団脳」だと考えると理解できます。

それは人類全体の集団脳なので、あの人もわたし、この人もわたし
つまり全人類がわたしなので裁いたり、裁かなかったりも全てわたしなのです。

現象(物質)としては危害も苦しみも当然あるのですが、それは人の心や思考の実態ではない物質での出来事です。

人類集団脳は、現象・物質を持たない全体意識が存在であり、実態なのです。

この「集団脳」からは更に「引き寄せの法則」の本質までが見えてきました

引き寄せで引き寄せられるものは、現象(物質に関するものなど)ですが、例えば、あの人が好きというときの心の引き寄せもあります。

つまりわたしたち個々人には、神である人類集団脳の存在は日常では秘匿されている。

そのため日常生活では全く意識的にその存在をもとにした引き寄せの法則は使えない、つまり「全体脳」に無意識として眠っている

その無意識は人類集団脳への入り口であり、とても普通では起きそうもない不思議な出来事に人が遭遇したりするのは
この「人類全体脳」にたまたま接続した時に起きる体験なのだと考えられます。

デジャヴ(既視感)や虫の知らせとかもその全体脳へたまたま繋がる時に起きた事だと考えられます。

その人類「全体脳」へ繋がる仕組み、つまり秘匿されている入り口(無意識)へ入る法則を今後また書きたいと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。☺️







ひとにはいろいろな

悩みや不安が発生する

それは在るのではなく


・・・発生したもの


それを発生させたのは

じぶん

悩みや不安は

原因があり結果がある


因果律で例えれば・・・


その前に因果律を

もう少し正しくみます


相手が何かを言った

(原因)

その言葉に悩んだ

(結果)

という流れが

因果律であると

現在は解釈されています。


その為科学者からも

この世界は因果律では

説明出来ないと言う

意見があります


因果律は

これある時これあり

これ無き時これ無し

これあるが故にこれあり


つまり「これ」と

無し、ありの結果の前に

ある時、

無き時、

あるが故

という縁があります


因果律は本来

因と果のふたつを

単に結び付けるもの

ではなく縁がそこに

関係しています


因と果との間に縁がある

因縁果が因果律


それを先程の例に

した場合


相手が何かを言った

(原因)

わたしはとても

嫌な気持ちになった

(縁)

その言葉に悩んだ

(結果)

そうです、相手が何かを

言ったから悩んだ

のでは無く


相手が言った言葉に

嫌な気持ちになったから

悩んだのです


つまり悩んだのは

わたしの心が反応した

からです


悩みは、ただ原因が

あったから発生した

のでは無く


わたしの心があり

その心が反応したから

発生したのです


そしてここから

見えることは

相手がどんな意図で

それを言ったのかは


わたしには正確には

わからない

もしかすれば

相手自身もわかって

ないかもしれない

ということです


わたしの心・気持ちという

縁がなければ

元々何も無い


無いものに悲しみ

無いものに悩み

無いものに苦しみ

するほど


切なく

やるせないことは

ないですね


手のひらを胸の前に

グー✊にして

ぱー✋と投げ出し

飛ばしてしまいましょう


そして

わたしは元気

わたしは最強

わたしは幸せ

と縁を変えましょう♪☆


あなたにお訪れる幸運は

あなたの心のあるところ

あなたの豊かな心

幸せな気持ちが

縁となって

現れたもの










ブログを書く事で漠然といままで思考してきた事や今までの想いが整理されてきました。


ブログは自身が書いた書庫のようなものだと思います。備忘録としてその時々の思いを忘れないために蓄えて備えられるものだと思います。


書きはじめた当初は書くことがひとつではなく何を書いたらいいのか様々でした。


それは日常の出来事や好きな雲のことやお片付けなど色々な事について書いていました。


自身が書いた書庫・備忘録であるブログを書き始めた本来の目的


それは年齢を重ねじぶんがやがてこの世界から消えてなくなることの本質的な様子や意味が知りたかった。


その「消えてなくなる」のがどんなことなのかをできる限りしっかりと知りたい


例えば自分が経済的にも精神的にも恵まれ最高に幸せな人生を送ったとしても必ず終わりがおとづれます。


不思議なのはこれほど多くの人類がこの世界に生きてやがて終わってゆくのにそれを重要な課題として社会や世間で聴くことが無い


だれもそんな事を考えないようにしている。のか、それとももしかして自分以外のひとはそのこたえを知っている。のか


なぜ平気なのか?あまりにも生と終わりは隔絶しているのに


見るからにわたし以外のみんなはそれを意に介していない


ここまでがブログを書く前までの自分が何故ブログを書こうとしたかと言う話しです。


そして今は

ブログを意識や心そしてこの世界を創り出したものなど多方面から思考し書くことで少しづつわかってきました。


自分は何処にあるのか

身体的な自分は本体ではない

この世界・宇宙は量子であり

そのミクロな量子のふるまいがマクロなわたしを創り出している


意識はそのミクロな量子に存在する


そして更にこの世界はその量子であるわたしが観ている世界だということ


それがブログを書いてきて整理できたことです。


ここからさらに事象としての確認を深めてゆこうと思います。




薄暗い部屋の

カ-テンを開けると

光が差し込んでくる


窓のそと

2匹の蝶が絡むように

飛んで行く


ようやく目が馴染んで

くると


眼下には

数限りなく拡がる

光の群れ


瞬き 光り

朝日を受け

海が輝いている



遠く薄く陽炎のように

貨物船がひとつ

そしてさらに向こうにも


はるか水平線に

遠く静かに遠く

揺らいで 浮かんでいる


犬を連れ散歩にでる

いつもの様に

海辺の散歩道


そこには

ハマナスが咲いている


海は穏やかだ

遠く水平線の上には

青空が拡がり


湧き上がる
雲が光っている

爽やかだなぁ


スーッと息を吸う

大きな 意識

宇宙の意識


そこに

穏やかで刹那な

心を感じる




 

高齢になっても“わたしらしさ”は失われるものではない

Prime Aid Memory (PAM)は、あなたの大切な人生を未来へ残し、あなたを支える光の粒を保持します。


誰にとっても歳をかさね「記憶がうつろになってゆくこと」は大きな不安です。


その虚さ曖昧さは漠然とした不安であり、じぶんをこのまま維持し続けられるのかという不安でもあります。


それは今日がいつなのか、ここがどこなのか、目の前の人が誰なのかを確かに認知できなく不安です。


じぶんが世界とのつながりが薄れてゆき、それさえも感じ判断できなくなるという、耐えがたい不安です。


しかし薄れた意識のなかにも“あなたらしさ”は種火のように残っていて、それは消えてはいません。


PAMは、あなたの価値観、想い、物語、家族への気持ち、生きてきた愛おしく大切な人生の軌跡、その虚になってゆく光の粒たちをあなたの日常から疎外させない、ちゃんと『わたし』の誇りを持ちつづけさせる。

そのためのものです。


PAMという構想は、上記のような想いから生まれました。


わたしは「PAM(prime aid memory)」というこれまで社会に存在しなかった新しい仕組み、大切な記憶を保持する仕組みを、誰もが利用できる社会インフラにしたいと考えています。


Prime Aid Memory

PAMは、あなたの人生を未来へ残すため、記憶・心という光の粒を繋げてゆくものです。


あなたの健常時に大切なあなたの“わたし”の記述や映像などをPAMに残しておくことにより

たとえあなたの記憶が胡乱になってもPAM(prime aid memory)が、その記憶データをあなたにリアルに示して、目の前の日常状況に対応することをサポートします。


PAMは、あなたの人生の出来事や人柄などの大切な情報をウェアラブルなデバイスにより外部情報を確認して対応すべき状況を読み取り、あなたを優しくサポートします。


PAMは、今のあなただから作成できるものです。

わたしという光の粒である、人生のストーリー、価値観、大切にしてきた考え方、好き嫌い、安心や不安のパターン、家族への想いなどなど、あなたの大切な記憶の粒たちを残してゆくものです。


PAMは、いつまでも未来で本人と家族が普通に会話し、談笑し、思い出話しを支えられるものです。


PAMの支援の仕組みを完成させる事で、ひとが世界とのつながりが薄れる、そんな寂しい未来は消え去ってゆきます。


PAM(prime aid memory)を完成させたいという想いを共有できる方がおひとりであってもいい、現れてともに協力し合えることを願っています。





Prime Aid ブレインサポートの起源──20年前の夢と今、次の人類への予感」


Prime Aid Memory(PAM)という構想を進めている中で、ふと20年以上前に見た“ひとつの夢”を思い出した。


その夢の中で、私は「Prime Aid Brain Support」という言葉を見ていた。

当時はAIも未だ存在していなかったという時


ただし、その言葉は不思議にあれから心に残り続けていた。


振り返って思うと、その言葉には

瀬名秀明さんの『パラサイト・イヴ』や『ブレイン・バレー』の世界観があったのかもしれない


■ ミトコンドリアという“もうひとつの生命”が教えてくれたこと


ミトコンドリアは

もともと別の生命体だったと言われている。


それが人類の細胞の中に入り

生きるために欠かせないエネルギーをつくりだす役目を続けている


異なる生命同士が共生し、

新しい生命の仕組みへと進化する。

この考えに、当時私は強い衝撃を受けた。


■ 今、私たちは、AIと共にという道(時代)を歩き始めている


いまの世界を見渡すと、

人間は無意識のうちに AIという“情報生命”を

自分たちの内に迎え入れようとしている。


そのAIは現在

仕事のタスクやプロジェクトを達成させる様なさまざまな役目を担って、人の道具として使われるという形をとって利用されている。


しかし、わたしはそれを、記憶を補い、家族を繋ぐ共生するもので考えている。人生をともに理解し続ける存在として


それは、ミトコンドリアが人間の細胞の一部になったように、これから

AIもまた、私たちの“外部脳”として機能してゆく、パートナーへと進化してゆくと考えている。


■ わたしの20年前の夢は『今のPAMの原型だったのだろう』と思う


当時はまだ、雲をつかむような何のことかわからなかったその

「Prime Aid Brain Support」という言葉。


しかしいま、PAMをつくりながら気づく


あれは未来の自分から

「人間の記憶と脳を支えるシステム」という課題を、わたしはそれを過去に、先に受け取っていたのではないか、と


PAMは単なるデータ保存ではない。

それは、その人の

その人らしさ

気持ちに沿う思いや考え

声や表情

人生で辿ってきた人生の軌跡

家族との団欒の記憶

などなど


そうした“その人の本質”を未来に残すための大切な『人生の宝物』

それを


外部に置かれたPAMが

わたしに繋がる記憶と思考を支えるものでとして生かしてゆく


あの、人間とミトコンドリアが一緒になった時の様に


それは、人間とAIの共生の最初の形になる。のだろうと思うのです。


■ まだまだ現時点での共感者は少ないかもしれない。でも今はそれでもいい


このまだ目にした事がないテーマに

すぐ反応できる人は殆どいないと思う。


でも私は、それを“答え”として受け取る


なぜなら、

新しい概念は最初に静かに芽生え、満ち潮のように

あとになって多くの人の中で育ちはじめるものだから。


PAMに込めたわたしの願い、思想が

いつか誰かの人生の支えや希望につながれば、

それだけで今は、わたしは十分だと思っています。


■ 最後に


ミトコンドリアが人類と共生したように、AIもまた、今まさに人間の心と記憶の一部になろうとしている


その最初の段階が Prime Aid Memory(PAM) で開かれることを、わたしは願い進めてゆきます。


わたしは、しばしば“夢”により啓示のようなものを受け取ってきた。


もし、この考えに“直感的に未来の世界”を感じ、共感したと思う方があれば

それはあなたの中にも同じ未来の種があるということだと思います


それをたおやかに、このテーマに寄り添っていただけたらと思います。


Prime Aid Memory(PAM)── “その人らしさ”を未来へつなぐプロジェクト


例えばPAMは、子どもの作品、家族の日常の小さな出来事の記憶、そして高齢者の思い出などの

“その人らしさ”をアナログからデジタルへやさしく残していく新しい仕組み創出に取り組みます。


AIの時代だからこそ、その人の姿や話し声や感情人生の軌跡を将来に再現できるもので残し、

その人はもちろん家族や繋がりのある方々との未来へ再現できる「人生アーカイブ」の仕組みです。わたしはあなたと一緒にその未来をつくりたい。