全ての笑いは緊張と緩和によっておきる…

とお笑い芸人さんや落語家さんで話されるのをよく目にするんですけど。

 

僕としてはあんまりしっくりこないんですよね。

安室ちゃんが昔360°モンキーズで活動していた

ってくらいしっくりこないんですよね。

 

・ユーモアとは、対極に位置する緊張状態からリラックス状態へ変化する時に笑いが生じる。

・笑いは緊張と緩和で決まる。面白さは答えの素晴らしさではない。

「緊張」は相手の気持ちが高まる状態。「緩和」は相手の気持ちが安心する状態。

 

某有名人の方々はこういった説明をしておられます。

 

ただ「予想・予期からの差」が笑いの発生と考える私は

某有名人の方々には6割がた賛成するも、何か不完全だなという印象が強いです。

「予想・予期からの差」が笑いの発生というのも勿論、完璧な理論ではありません。

これはシュールな笑いを発生させるとき限定と考えています。

 

例えば「緊張」と「緩和」で起きる笑いですが

「お葬式でお坊さんがオナラをしたときに、思わず笑ってしまった。」

といった場面では

緊張と緩和の理論は腑に落ちるような気がするんです。

 

参列者は悲しみに暮れていて、慣れない習慣や服装にぎこちなくしているのに

ベテランのお坊さんがオナラをっ?!?!

となって笑うのは

 

死という祭典の空気が「緊張」、その中での人間らしさの生理現象のオナラが「緩和」だと思うんですよね。

この差が笑いを発生させていると思います。

 

ある有名なお笑い芸人さんは言いました。

「たとえば、小さい子供がコケても笑いにならない。じゃあ、誰がコケたら笑いになるか、

一番エライ大統領がコケるのが、緊張が緩和するってことじゃないですか。」

 

僕はそんなことは無いと思います。

 

小さい子どもがコケた方が笑う時もある。

そもそも、歩いていてコケるというのには「緊張」と「緩和」は起きていない。

だって普段歩くとき周りの皆は緊張していますか?

これはちょっと揚げ足取りのような発言でしたが。

 

その道が普通の道路ではなく、平行棒だったら、ヌルヌルローションの坂道だったら

「緊張」と「緩和」が関係して笑いが起こるかもしれない。

 

でも、普通の道でも小さい子どもがコケても、もちろん大統領がコケても笑いは起きる。

 

もし、普通の道で大統領がコケた方が大きな笑いがとれるのであれば

それは偉いからじゃない、

子どもより大統領の方がコケなさそうだからだ。

 

大人がコケる方が「予想や予期」から離れているからその差で笑いが起きやすいと

僕は考える。

いや確かに、大統領の方がスーツにシワが無くて革靴履いて強面で「緊張」が発生しやすい。

でも毎日会っている大統領夫人からしたら主人(大統領)は「緊張」する相手じゃないだろう。

ただ、主人がコケたら大統領夫人も笑うと思う。もしかしたら子どもがコケた方が笑うかもしれない。

つまり緊張しない相手でも笑うのだ。

 

小さい子どもがコケた方が笑いの量が多い時もあるだろう。

 

それは、可愛さが要因の笑いだと思われる。

 

可愛さの要因の笑いは「緊張と緩和の差」理論も「予想や予期との差」理論にも

多分当てはまらない。

 

だから、すべての笑いに通じる笑いの発生理論は無い。

あるいはまだ発見できていない。