みなさんこんにちは。
関東も雪で真っ白な世界になって来ました〜



早速買い物など済ませ、お昼ご飯食べ終わり、小窓を覗いてビックリ‼️してました。長男は高校が自転車通学で、
乗って行くと言っていたのですが、今更ながら学校から2時半下校と連絡がきたので、少し安心しました。
乗って行くと言っていたのですが、今更ながら学校から2時半下校と連絡がきたので、少し安心しました。さて。
とある、◯玉県の病院で二か月入院し、手術したら歩けると思いきや、日に日に右手も不自由に。
右足が硬直し始め、改善されないから?脊椎狭窄だと、入院→リハビリ→ホーム又は自宅療養となるシステムの様で、入院、リハビリは期間が決まっている為、入院期間に改善されない為、リハビリセンターへ。
看護婦達もそっけない態度で、流れ作業。
その頃はたまにメールが来ていた。でも、よくならないんだよね、としか入っておらず、私も頑張って早く治る様に応援してるよ!としか返してなかった状態でした。まだ下の子が幼稚園なので、時間に限りがある事を理由に、なかなか出向く事が出来なかった。
頑張ってなんて、本当に冷たい言葉だったかなと、今は申し訳なく思ってしまう。なら、少しでも会いに行って早く状況見てあげれば良かったと。
リハビリセンターではもう歩けなくなっていた様ですが、専用の靴を買ったと聞きました。希望が持てるじゃないかと、みんなで思ってはいたのですが、靴は結局、なんとなくあるものだけに終わる。
三カ月、希望を見て、頑張ってリハビリして、結果は、自力で車椅子に移動すら出来ず、首が下がった姿。
お見舞いに初めて行った日。
母は数日前にお見舞いに行っていて、姿を知っていた。一緒にお見舞いに行き、母が涙を流した。私も泣きたかった。
ノイローゼの老人。喋ってもうまく喋れない。
別人。
この時、何か絶対おかしい、パーキンソン病か他の病気?でも、脊椎狭窄。
この時期から。私は出来る限りお見舞いに行くと決めた。