数日前、神奈川県在住の後藤さんという71歳の女性から会社に一通の手紙が届いた、という東京新聞のコラムを読んだ。
そこには以下のような“幼き日のアイスキャンディーの思い出”がしたためられていたそうだ。
後藤さんは子どものころ、呼吸器関係が弱かったそうで、病院通いをしていた。
治療費に充てるため、バス代を節約し、遠い道のりをお母さんが後藤さんをおぶって通っていたという。
夏の炎天下の道、子を背にした母親が汗だくになって歩く姿が想像される。
途中、お母さんが後藤さんにアイスキャンディーを一本買ってくれた。
一本きり。
幼いながらも、後藤さんはお母さんのことが気になって、「母ちゃんも半分、食べてもいいよ」と差し出した。
「母ちゃんの方が暑いじゃろ」
「そうかい」。お母さんはそういって、アイスキャンディーを口元へ持っていった。
ところが、お母さんは一口も食べていなかった。それが子どもの目にも分かった。
食べたふりだけ。食べないで後藤さんの手に返した。一本きりの氷菓が母と子の間を往復する。
短い言葉の中に込められた、母への気持ち、子への思い。
「この日の母の姿が私を勇気づけた。あの思い出があるから体を大切に生きていられる」
その手紙はそう結んであったという。
素敵なエピソードだと思う。
“全身全霊で自分に愛情を注いでくれる人が確実に存在した”という体験がその後の彼女の人生を豊かなものにしたに違いない。
母親の愛情は偉大だ。