駅から自宅までの道すがら。すぐに着いてしまわないように、なるべくゆっくりと歩を進める。
ふいに目頭の内側が熱くなる。涙が一つこぼれだすと、あとはもう止めることができない。目を閉じれば、どっとあふれる。手の甲で振り払うようにぬぐい去る。鼻水が垂れれば、こんどは反対の手で。
深夜、終電間際の帰り道だ。知った顔に会う可能性は低いだろう。なすがままに、涙を流す。自宅までのわずかな距離を、そうやって歩く。
マンションのオートロックに鍵を差し込むところで、すこしだけほおの筋肉を引き締める。そうやると、少しずつ現実に立ち戻れる。
上昇するエレベーターのなかで、コートの袖を使って涙をぬぐう。まだ大丈夫だ。そう自分に発破をかけて、玄関の扉を開いて家庭へと戻る。
死にたい。
駅から自宅までの間に、何度も口に出してみた。死んでしまいたいほど、苦しくて、悲しくて、人生が終わったような気分でいる。あれほど残酷で、深く辛い衝撃を受けてからは、なにもかもが色あせて映る。しかも、この苦しくて悲しいどす黒い感情は、ずっと自分の中にとどまっている。どんなに恐ろしい終わり方でも、あの心の痛みに比べたらまだマシなのではないか。自分ひとりの人生であれば、ここで終わっても悔いはない。すこし投げやりなところもないではないが、今ならほんのちょっとのきっかけで向こうの世界へ踏み出せる。
しかし、ぼくは死ねない。
自分ひとりの人生ではないからだ。自殺して残された家族や友だちが、どんな思いを抱えるかはよく知っている。自分がどれだけ辛いとしても、人に迷惑をかけたり悲しい思いをさせたりしてはいけない。離れて暮らす母親よりも、先に逝くわけにはいかない。まして、まだ幼い娘の人生を、ほの暗く寂しいものに変質させることも決して許されない。ぼくはここで死ぬわけにはいかない。それもまた自明のことだ。深い悲しみを引きずりながら生きていくことしか、ぼくには選択肢がみつからない。
駅から自宅までの道のりを、泣きながら歩くようになって1年以上が過ぎた。週に5日。同じように泣いて、同じような思索のあとをたどる。苦しみや悲しみが、時間とともに癒えることはなかった。むしろ、真綿で首を締め付けられるような息苦しさが増している。
ごまかしながら過ごす生活を、このまま続けることができるだろうか。
不安がないわけではない。投げ捨てたい気持ちは常にある。でも、最愛の娘のために持ち堪えないと。その歯止めもまた力強く、自分を以前と何も変わっていないかのように演じさせ続ける。
しかし、実際には毎日のように涙を流して嗚咽している。帰りだけではない。家を出て、澄み渡った青空の下を、駅まで歩く道のりで泣くこともある。会社から駅までの帰路でも泣く。外回りの途中で、立ち止まるところもある。油断すると、すぐにこみ上げてくる。落とし穴はいろんなところで待ち構えている。しかも、1年以上が過ぎてもなお、事態は改善するよりも悪化している。
自分の身に起きたことを、ぼくは誰ひとりにも伝えてこなかった。深くどす黒い感情を、きっと誰も受け止められない。だから、自分ひとりで抱え込むしかない。
そして、いま自分の身に起きていることも、誰ひとりとして伝える相手がいない。サラリーマンが、駅から帰る道すがら、嗚咽するように泣きながら帰っている。しかも、それがほとんど毎日の営み。モーレツ社員だと思われている自分が、それを伝えられる相手は家族も含めて誰もいない。
インターネットのグーグル検索で、昨年は「死にたい」を何度か検索してみた。最初にあらわれたのは「自殺予防」の公共広告だった。個人の書き込みをいくつか眺めたけれど、いま自分が抱えている問題と似た境遇は見つからなかった。
昨夜はグーグル検索の候補欄に出てきた「子を失った親」をクリックしてみた。上位のサイトをいくつか眺めると、自分が抱える心の葛藤と似たものを見つけることができた。とくに、自分の落ち度で幼い子どもを失ったという母親の書き込みをいくつか見つけた。それらを長く見続けることはできなかった。視界が涙でくぐもるからだ。でも、ほんの少し、彼らの存在が自分の救いになる気がした。
ぼくが置かれた境遇は、それらにも増して特殊だ。それを書くことにどんな意味があるのか。正直、今はまだ整理できない。自分のためになるのか。あるいは誰かの慰めになるのか。今は分からないけれど、それでもまずは書いてみよう。そんなことを今日一日で考え至った。
これがその第一歩だ。