お金の本質
貨幣経済において、「お金」とは
物やサービスと交換できる「アイテム」にすぎない
お金そのものに価値があるのではなく
お金と交換することによって得られる「物やサービス」に価値がある
さらに厳密に言えば
「物やサービスによって得られる幸福に価値がある」
だからこそ、「お金」にこだわるのではなく
お金を物やサービスと引き換えて得られる「幸福」にこだわってほしい
預金残高がいくら増えても、持ってる株の株価がいくら上がっても
あなたは幸せにはなれない
これに気づかない人は、いくら裕福でも幸せにはなれない
預金残高が多くても、満足度の低い生活を送っている人は、幸福にはなり得ないのである
節約のために、安価で、栄養価の低い食べ物だけ食べる人
節約のために、電気をつけずにスマホを見る人
節約のために、季節外れでボロボロの服をいつまでも着ている人
こういう人は結局、健康という1番の財産を失い、機会費用も失い
最終的に幸福をも失うことになる
消費行動の変化〜所有から利用へ〜
物を所有するという行為はもはや時代遅れになりつつある
現在は物を所有することよりも、利用することに消費行動の主軸が置かれており
サブスクリプションサービスの台頭などがこれを裏付ける根拠となる
この変化は、消費行動において
物を所有する優越感よりも、物を利用する「満足感」への変化を表している
高級車や、ブランド物を所有することが一種のステータスだった時代はもう終わった
※これらにも実はまだ価値が残されているという話は後述する
生活は足し算より引き算
物の所有に固執することはもうやめた方がいい
先述したとおり、それは時代遅れだし、物は墓場に持っていけない
物から脱却するためには物に対する根本的な認識を変える必要がある
物はあればあるほど幸せになれると勘違いしている人が少なくない
これは前時代的、西洋的価値観で、専門的にいうと物質主義(マテアリズム)という
次の写真を見てほしい
龍安寺の石庭 修学旅行で撮影
ヴェルサイユ宮殿の庭園
この2枚の写真の比較を通じて、西洋的価値観と東洋的価値観の違いを感じ取ってほしい
両者は土地の規模感が違うため、純粋な比較は難しいと思うが、あえていうなら両者の違いは
「足し算」か「引き算」か
である
ヴェルサイユ宮殿が足し算、龍安寺が引き算である
ヴェルサイユ宮殿は噴水や木々など、豪華さを足し算することで優越感を示している
龍安寺の石庭は、物を省くことにより生まれた余白と静けさによって心の幸福を示している
こういう比較ができるのではないか
日本人は侘び寂びや禅など「引き算」によって幸福を感じてきた
結局、物を足せば幸せになるというのは、東洋人の我々には無縁な話なのだ
それどころかこの神話は西洋人にとっても無縁だと実験が示している
アメリカの心理学者、バリー・シュワルツは「選択肢のパラドックス」を提唱し
「選択肢が多すぎると人はかえって不幸になる」
と指摘している
物を多く買い、多く所有することで意図的に選択肢を増やす
それによって人は幸せになるどころか、不幸になるのである
例外
以前のべた「高級車」や「ブランド物」は最高の価値がある
これらはただ所有できるだけでなく「資産」として相続することができる
フランスの経済学者トマ・ピケティの「21世紀の資本」より
r(資本収益率)>g(経済成長率)
簡単に言えば、
我々が持っている資本の価値は、今後も上昇していく可能性がある
自分の跡を継ぐ将来世代のために、資産となる物を幾らか買い残すことは有益かもしれない
幸せになりたいなら人に奢ろう
一見するとこの主張は矛盾を孕んでいるように見えるが、意外とそうではない
カナダの心理学者エリザベス・ダンは
実験の参加者にお金を渡し、使い方を「自分用」か「他人用」にわけたところ
他人のためにお金を使った人の方が、幸福度が高かった
という結果を発表した
これは神経科学的にも裏付ける根拠がある
他人にお金を与える時、脳の報酬系(腹側線条体)が活性化することが研究でわかっている
すなわち
他者に与えること自体が報酬であり
他者に与えることは、自分の幸福につながる
のである
世界三大宗教(キリスト教、イスラム教、仏教)にも同様の事例が見られる
キリスト教の什一献金、イスラム教のザカート(喜捨)、仏教の喜捨はどれも他者に施す(お金を渡す)行為である
これらの行為は、科学的にも幸福感を増し、共同体の絆を深める制度としてうまく機能している
戦略的おごり
私は、自分よりもお小遣いが多い人や、頭のいい人などに積極的におごるようにしている
こちらが最初におごると、相手はそれに対して恩義を感じてしまい、
私に同様の施しをしなければという考えを持つようになる(返報性の原理)
したがって、最初におごることによって私がお金を使っても、同等の金額のものが多くの場合返ってくる
また、私が過去におごった頭のいい人に「ノート見せて」などというと
その人は私に過去施された恩義を思い出し、快くOKしてくれるのである
また、さらにハードな要求にも応えてくれる可能性が大幅にアップする
以上より、他者にお金を使うことは、自分に使うことよりもはるかに多くの幸福を得ることができる手段なのである
まとめ
お金は持つことではなく、どう使うかで幸福が決まる
そこで初めてお金は真価を発揮する
自分に与えるよりも、他者に与えることこそが
自分自身の幸福を最大化する手段である
あとがき
ご覧いただきありがとうございました!
今回はお金と幸せの関係性について書いてみました
私自身、バイトをしていなく、小遣いも無条件に減額されてしまったため
現在極度の貧困状態に陥ってるわけであります
その時に考えたのが
お金を持っていなくても、もっと幸せになれないだろうかということです
その結論をこの記事に昇華させた次第です
この記事が、読んでくださった皆様の今後の人生に寄与することを願っています
以上ぼっち高校生でした!
最後までご覧いただきありがとうございました!