宇垣美里さんが「週刊文春」の
(文藝春秋)
自身のコラムで
「友達だった人 絹田みや 写真集」
(光文社)
という作品のことを
取り上げていたのだが、
この書評を読み、
「何か気になる作品だなぁ」
と思ったので
俺も読んでみることにした。
(別にカバーに描かれてある
パンダの誘惑に負けたわけでは
ありません。ホントです(笑))
一冊の単行本の中に4篇の
読み切り作品が掲載されていたのだが、
どの作品も読後必ず余韻に浸らされ、
毎回次の作品の読み始めるまでに
時間を要した。
やっぱり俺はしっかり自身の感情を
整理してから次の作品に
没入していきたい。
そんなことを考えると、
書評を書いたり、
誰か人に作品の感想を伝えることは、
感情の整理に役立つ。
肝心の作品の内容に関してだが、
俺的には「友達だった人」という
作品が一番印象に残った。
SNS上で繋がっているだけの人の
葬儀に主人公が参列するところから
この作品は始まるのだが、
「相手の顔を知っているか
知っていないのかは、
別に今の時代であれば
友達の基準にはならないよな・・・」
「SNS上で繋がっているだけの人の
葬儀に参列することは俺にだって
あるかもしれない・・・」
なんてことを、読んでいる最中も
読後も何度も何度も思った。
実際、このブログを長年
読んでくれている方達や、
このブログを通じて
何度も何度もコメントのやり取りを
している方達は、
俺にとって友達、
いや、もはやそれ以上の存在。
「友達だった人」という
作品を読んで、
改めてそのようなことを
思った・・・。





