『夢の浮橋』谷崎潤一郎 | 京都市某区深泥丘界隈

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綾辻行人原作『深泥丘奇談』の舞台、京都市某区深泥丘界隈を紹介します。内容は筆者個人の恣意的な感想に過ぎず、原作者や出版社とは関係ありません。

 前々回ご紹介した『細雪』完成後の1949年、谷崎は左京区下鴨泉川町に転居します。谷崎はこの邸を「潺湲亭(せんかんてい)」と名付けて暮らし、「潤一郎新訳源氏物語」を完成させ、他にも『少将滋幹の母』『鍵』などの名作を執筆しました。1956年に谷崎が熱海に移り住む際、妻松子の女学校時代の同級生の夫が、日新電機の役員を務めていた縁で同社に売却され、谷崎によって「石村亭(せきそんてい)」と名付けられて、その後は会社の迎賓館として活用されました。

 

 

 

 「石村亭」は、前回『偽りの森』でご紹介した「下鴨茶寮」の約200m北、糺の森に面したところに建っています。残念ながら一般公開はされていませんが、谷崎は売却の際に「現状のまま使ってもらいたい」との要望したそうで、その趣や佇まいを変えずに保存されているようです。

 

 この「石村亭」をモデルとした、「五位庵」を舞台とした作品が『夢の浮橋』です。庭や部屋の佇まいが克明に描写されています。『源氏物語』最後の巻、第54帖「夢浮橋」から採られたタイトルからもわかる通り、『源氏物語』へのオマージュ作品です。

 

 主人公の「糺」は、幼くして生母を亡くします。父は生母そっくりな女性「経子」と再婚しますが、生母も継母も本名ではなく「茅渟(ちぬ)」と呼んでいました。糺は生母への思慕と継母へのあこがれから、二人の存在を意識のなかでしだいに混同させてゆき、次第に糺と継母の母子愛は、男女の情愛へと色彩を変化させていきます。まさに、幼くして生母「桐壺更衣」を無くした「光源氏」が、桐壺更衣にそっくりな継母「藤壺」に恋愛感情を抱き、ついには関係を結んでしまうというエピソードを下敷きに描かれています。ただし、糺と継母は、谷崎の真骨頂ともいえる際どいシーンはあるものの、男女の関係があったのかどうかははっきりと書かれておらず、読者の解釈に委ねられています。未読の方は是非お読みになって考察していただければと思います。妖艶で耽美な谷崎ワールドをご堪能ください。