タシケントからサマルカンドまで電車で移動する事にしました。


約1500円程のエコノミークラスの席でも日本の新幹線みたいに綺麗な席でした。


ウズベキスタンの駅は撮影禁止らしくビビりの僕は電車の中の写真を撮るのもチキりました。とにかく車内は綺麗でした。


タシケントから約2時間半でサマルカンドに到着。


都市は変わっても相変わらず綺麗な町です。


この街は青の都と呼ばれるほどたくさんの青い建造物があるとの事だったので見に行ってみました。


こちらがメインのレギスタン広場です。


夜になるとこんな感じ。




とても幻想的で感動しました。


サマルカンドにはこのような綺麗な建物が至る所に建っているのです。




昔使われていたというモスク。大きくて美しい。


シャーヒ・ズィンダ朝群という場所ではイスラム教のお祈りをさせて頂きました。




心がキレイになりました。


サマルカンドでもまだ下痢の症状は続いていたのですがどうしても肉が食べたかったので食べてみる事にしました。



串焼きみたいなのがどうやら中央アジア料理のようです。ジューシーでとても美味しい。


ウズベキスタン風ピラフも。


これも美味しかったです。


ただ、サマルカンドに4日ほどいたのですがまともに食べた食事は上の二食のみで、あとはひたすらヨーグルトやバナナを食べてました。下痢は辛いよ。


サマルカンドもとてもいい街でした。次はタジキスタンです。


続く。

パキスタンを後にし、飛行機でウズベキスタンに行きました。


着いて外に出てみると街がすごく綺麗。




今まで旅してきたインドやパキスタンなども旅してる感の出るとてもいい国だったのですが、ウズベキスタンはまるでヨーロッパのような雰囲気でした。(まだヨーロッパ行ったことないんだけど)


タシケントは中央アジア最大の都市と言われるだけあって、とにかく街並みが美しい。






モスクも中央アジア仕様の青がメインでとても美しい。


バザールもスパイスや様々な種類の食料品や日用品が売られていてとても活気がありました。




ウズベキスタンの人々の多くはイスラム教徒らしいのですが、中東などの国と違って決まりが緩いのか、肉食も酒を飲むのもOKという私にとっては最高の国でした。


というわけで肉食って酒飲んで豪遊していこう!!としたわけなのですがパキスタンを出国したあたりから下痢の症状が出て満足に食事も出来ない状態になってしまいました。


いつ下痢が出てきてしまうのかもわからない状態だったので満足に外出も出来ませんでした。笑


旅に出てから激しくお腹を壊すことはなかったのですが最悪のタイミングでこの症状がきてしまったのです。


とても悔しいのですが旅は私を待ってはくれません。


下痢の恐怖と戦いながら青の都、サマルカンドへ移動します。


続く。
合計してみるとやく50日間もいたインドともついにお別れの時がやってきました。


色々あったがとても名残惜しい。


日本に比べるとちょっと汚いところもあるけれど、またいきたいと思わせる魅力はたくさんある国でした。


人生に行き詰まったらまた行くことにします。



というわけでインドともお別れ。


国境では毎日インドの軍人とパキスタンの軍人がフラッグセレモニーをやるのを応援しまくるという楽しいイベントをやっているらしいです。


てか、インドとパキスタンといえば最近一悶着あったというのをニュースで見たのでかなりビビっていたのですが、そんな事なかったかのようになんかあっさり国境を越える事ができました。


そしてパキスタン入国。


ラホールは国境からリクシャーで30分くらいで着きました。


パキスタンといえばイスラム教、イスラム教といえばモスクという事で有名などでかいモスクを見に行きました。




デカすぎて圧倒されました。


モスクのいいところは大抵入場料がタダなところですね。


写真を撮っていると、現地の人たちに「私と写真を撮ってくれないか」と言われ、一緒に撮ってあげました。


パキスタンでは外国人が珍しいのでしょう。


すると私も私もと私達と写真を撮るために行列ができてしまいました。



芸能人ってとても大変なのだなと思いました。


笑顔を作るのとても大変でした。


そして名前を聞かれたのでいつもの調子で「あ、ケントです」と言ったら皆「Oh! A Kento!!」と言って勘違いされてしまいました。


訂正するのも面倒なのでパキスタンにいる間はA  KENTO と名乗ることにしました。


するとか細い声で「A  KENTO〜」と聴こえてきたので振り返ると物乞いの少年でした。


物乞いは基本無視するスタイルの私ですが名前を呼ばれてしまったのでこの少年には差し上げることにしました。


他にもラホール城塞や、シャリマー・バックという庭園にも行きました。


こちらはラホール城塞。









こちらがシャリマー・バック庭園。




どっちの場所でも写真行列が出来ました。


名前はA KENTOと名乗りました。


パキスタンで人気者として過ごし、次はウズベキスタンに行きます。

続く。