先日,私が担当した,ある労働事件で,訴訟上の和解が成立しました。

私は労働者側の代理人で,使用者に対して未払いの残業代¥等の支払いを請求した事件だったのですが,この事件の争点の一つに,「『歩合手当』を残業代(割増賃金額)の算定の基礎とするか否か。というものがありました。

残業代は,当該労働者の賃金を基礎として算定されますが,その算定基礎に,基本給のみならず歩合手当も含めるか否かという問題です。


被告である使用者は,原告である私の依頼者に対し,「基本給」や「時間外手当」とは別に「歩合手当」を支払っていたのですが,被告の主張によれば,「『歩合手当=売上-経費-基本給-残業代(割増賃金額)』という計算式に則って算定していた。」とのことです。そして,被告は,「割増賃金額を算定しないと歩合手当額が確定しないという関係にあるため,歩合手当額を割増賃金額の計算の基礎とすることは不可能である。」と主張していました。


これに対し,当方は,歩合手当の算定方法自体は争わなかったのですが,以下の通り反論し,「歩合手当額を割増賃金額の算定の基礎とすべき。」と主張しました。


1 労働基準法37条5項及び労働基準法施行規則21条は,割増賃金算定基礎とならない賃金(除外賃金)を限定列挙するところ,歩合手当は除外賃金として限定列挙されていない


2 労働基準法37条1項及び労働基準法施行規則19条1項は基本給に対する割増賃金及び歩合手当に対する割増賃金を別途計算することを要求するから,基本給に対する割増賃金の計算の後に歩合手当に対する割増賃金の計算を行うことに何らの支障はない(歩合手当が控除する割増賃金額は,あくまで基本給に対する割増賃金額であり,歩合手当に対する割増賃金額は別途算定の必要がある。)。


3 原告に支給された歩合手当の額が,原告が時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことから,この歩合手当の支給によって,原告に対して労働基準法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難である


結局,本件は和解で決着したので,判決がなされた場合にこの点についての裁判所の判断がどうなるのかはわからずじまいでしたが,和解の交渉段階において,裁判官が被告代理人に対し「被告の主張は理屈が通らない。」旨述べていたので,この点については当方の主張が認められた可能性が低くありません。


そのような裁判官の心証に影響を与えた原因の一つなのではないかと思われるものが,平成27年1月28日に東京地方裁判所にてなされたこの判決 です。

これは,大手タクシー会社に対し,従業員である運転手らが未払賃金の支払いを求めた訴訟ですが,


同社の賃金規則では、運転手に、基本給のほかにタクシーの売上に応じた「歩合給」が支払われることになっていた。しかし、その歩合給から残業代や通勤費に相当する金額を差し引くという規定があり、実質的に残業代が支払われない状態になっていた。


この規定について、国際自動車は「時間外労働をすれば売上が上がって賃金総額も増加するから、労働基準法の趣旨に反するとはいえない」「同様の賃金制度はタクシー業界で一般的に採用されている」などと主張した。


しかし、東京地裁の佐々木宗啓裁判長は「売上が同じ場合、残業をした運転手とそうでない運転手の賃金が全く同じになる」と指摘。歩合給から残業代に相当する金額を差し引くという規定は「(残業代の支払いを使用者に義務づけた)労働基準法37条の趣旨に反し、公序良俗に反して無効」と判断した。


斜体部分は「弁護士ドットコムNEWS」(上記リンクURL)より引用。赤字は石井。)


敗訴したタクシー会社は即日控訴したようですので,控訴審の判断が待たれるところです。


歩合手当は,本来,「売上を上げれば上げるほど多く支給される。」というものですから,労働者のモチベーション向上に一役買っているのは事実ですが,実は残業代不払いの隠れ蓑として利用されていることも少なからずあります。歩合手当を支給する会社に就職する際には,その算定方法を確認し,残業代がきちんと支払われる仕組みになっているかをチェックする必要があるでしょう。