都市問題に取り組む国連人間居住計画(ハビタット)が6月に公表した「世界都市白書」によると、世界中のスラムに住む人口は10億人を超えた。このまま住宅や生活が改善されない限り、毎年2700万人ずつ増えつづけて2020年までに14億人まで膨らむことが予想される。つまり、世界の都市人口の3人に1人がスラム住民という事態になる。
 スラムの爆発地点は、サハラ以南アフリカ(以下、アフリカと表記)、南アジア、そして西アジアである。都市人口に占めるスラム人口の割合は2005年時点で、アフリカ71.8%、南アジア57.4%、西アジア25.5%だ。スラムの人口増加率は、アフリカ4.53%(都市全体では4.58%)、南アジア2.20%(同2.89%)、西アジア2.71%(同2.96%)である。アフリカでは20年たらずで倍増することになる。
 Slumという言葉は、19世紀にロンドンで使われるようになったという。職を求めて農村から都会にでてきた労働者が集まった貧困地域のことだった。100年余にして、スラムはこれほどまで広がってしまった。
 今後、20年間に増える世界人口の95%は途上国の都市に吸収される見通しだ。人口の集中で機能を失っている途上国の都市の多くは、さらに混乱をきわめることになる。すでに、世界の都市人口の約半分が50万人以下の都市に住み、2割が100万~500万人の都市に住んでいる。新たに都市に流入する人口の大部分は、100万人以下の比較的小さな都市に集中するとみられる。
 白書は「多くのスラムは、もはや都市の一部地域の貧困地帯ではなく、巨大な部分になりつつある」と指摘している。これまでスラムを抱えた政府や自治体は「スラムは一時的な貧困者の居住地域で、開発と所得の向上で消滅に向かう」と信じてきた。だが、サハラ以南アフリカやアジア、中南米の多くの都市では、スラムは消滅するどころか増殖をつづけている。


 この背後には、都市人口の急膨張がある。国連人口統計によると、1950年当時、世界人口のうち都市の居住者は約30%に過ぎなかった。それが、2007年には50%を超える見通しだ。史上はじめて人類の半数が都市に住むことを意味する。先進国はすでに75%の人口が都市住民だ。途上国は1950年には都市に住んでいたのは18%に過ぎなかったのが、現在では43%を超えた。この都市の膨張部分の大半がスラムの人口増加である。
 都市の膨張は農村の疲弊の裏返しでもある。人口増加や自然環境の悪化で食糧生産が落ちて食べられなくなり、現金収入を求めて都市へ殺到する。といって、手に職があるわけではなく言葉が通じない場合も多い。勢い、同郷者を頼ってスラムに転がり込む。また、スラムの人口増加率は一般的に高い。この理由として10代の若者の結婚率が高いことがある。たとえば、ウガンダの例ではスラムに住んでいる34%の若者が家庭をもっており、非スラム地域の5%に比べてはるかに高い。
 ほとんどの場合、スラムには家族が安心して住める住宅もスペースもなく、電気や安全な水もトイレもない。アフリカでは17%、南アジアでは39%のスラム住民が、小さな部屋に4人以上が住む過密状態だ。これが栄養不足とあいまって、エイズ、コレラ、結核など多くの感染症の温床にもなり、寿命は非スラム民と比べてはるかに短い。就職率や就学率は極端に低く、栄養不足や家庭内暴力や犯罪が蔓延している。つまり、スラム民が貧困のワナから容易に抜け出られないことを意味している。


 途上国では、一般的に都市居住者は栄養条件も医療施設へのアクセスもよく、農村の居住者よりも裕福で健康と信じられてきた。都市は経済成長と文化的創造の中心であり、人類発展の拠点にもなってきた。しかし同じ都市居住者でも、スラムの生活の質は貧しい農村と変わらない。
 スラムと農村とでは、健康、教育、就労率、死亡率はほとんど同じだ。バングラデシュ、エチオピア、ハイチ、インドの調査では、スラムの栄養不良率は農村地帯とほぼ同程度である。多くのサハラ以南アフリカの都市では、スラムに住んでいる子どもたちは、農村よりも水に起因する病気や呼吸器感染で死ぬ率が高い。
 エチオピアの例では、子どもの栄養不良の率は、スラムでは47%、農村では49%に対して、都市の非スラム地域では27%にすぎなかった。ブラジルとコートジボワールの調査では、子どもの栄養不良率は、スラムの方が農村より3~4倍も高かった。エイズが流行しているアフリカでは、スラム住民の感染率がとくに高く、ケニヤ、タンザニア、ザンビアのスラムでは農村の2倍もあった。
 むろんすべてのスラムが同じというわけではない。最悪のスラムはアフリカである。安全な水、衛生設備、適切な家屋のうち、アフリカではスラム人口の51%がこのうちの2つ以上が不足している。これに、南アジアと中南米がつづき、スラム住民の3分の1は過密な粗末な住宅に住むか、水と衛生設備が欠如している。一方で、東南アジアと北アフリカのスラムでは、最低条件で生活しているスラム民は、それぞれ26%と11%でかなり低い。


 スラムの環境改善に積極的に取り組む国もある。とくに、エジプト、チュニジア、タイでは、過去15年間、スラム対策に多額な投資をして住民の生活条件が改善されるとともに、スラム人口を減らすのに成功している。また、ブラジル、コロンビア、フィリピン、インドネシア、南アフリカ、スリランカなどの途上国でも、経済成長の恩恵がスラムにまで及んで貧困層の雇用が伸び、スラム人口の押さえ込みに成功している。
 こうした国々では、スラムを取り壊してから住民を立ち退かせるのではなく、スラムから代表者が選挙に立候補するなど積極的に政治に参画することによって、スラム改善の糸口をつかむことに成功した。
 だが、失敗例もある。人口1830万人のインドのムンバイ(旧ボンベイ)は、世界で4番目に大きな都市だ。同時に500万人を超えるスラム民を抱える最大のスラム都市でもある。このスラムだけでノルウェーの人口を上回る。一方で、映画産業や金融の中心でもあり、全国の税収の4割はこの都市から上がっている。
 この「スラム都市」の汚名を返上するために、2004年に上海なみの「世界水準都市」をめざす国家プロジェクトが、80億ドル(約9200億円)の予算ではじまった。スラム地区における公営住宅、地下鉄、幹線道路などの野心的なものだった。だが、急ぐあまり9万戸の家を取り壊してスラム民の反発を買い、ついに強制的な再開発計画を昨年中止せざるをえなくなった。
 ハビタットの事務局長アンナ・ティアバイジュカさんは「これまで都市は理想の生活の場と考える人も多かったが、いまや1つの都市の中に2つの都市がある。その日の生活もままならない極貧層のスラム街と豊かな都市生活を享受している富裕層の住宅街と。世界の矛盾が集約されたスラムの解決こそが人類の責務だ」と語っている。


(岩波書店「科学」に連載のコラム「地球・環境・人間」からの転載です。)