最近、『ナイロビの蜂』という映画をみました。アフリカ人を実験動物代わりにした新薬開発の陰謀がストーリーです。ル・カレの原作よりも感激しました。私も2ヵ月ほど前にこんな一文を雑誌に寄せました。

 エイズ感染者はついに世界で4000万人を超えた.その3分の2近くを占めるアフリカ大陸から,エイズ新薬開発のモルモットにされているのではないかとする告発の声がしきりに聞かれる.実は,そのエイズがアフリカで蔓延しはじめたのは,人体実験が原因だという説も唱えられている.



 世界保健機関(WHO)に勤務したことのある英国人ジャーナリストのエドワード・フーパーが,1999年に著作『ザ・リバー』でこの問題に火をつけた.この本は10年にわたって数千の文献にあたり,600回以上のインタビューの結果をまとめた1070ページもの大著である.



米国では1950年代にポリオの生ワクチンの開発が進められ,セイビン,コプロフスキー,コックスの3人の科学者がほぼ同時に「弱毒ワクチン」を開発し,最終的にセイビン・ワクチンが選ばれた.この開発の過程で,コプロフスキーは1957年から60年にかけて,ベルギー領コンゴ(現コンゴ民主共和国)で,約900万人の子どもに無断で開発中のワクチンを投与した.



このワクチンはチンパンジーの腎臓でポリオのウイルスを増殖して弱毒化したものだ.この腎臓がセイズ・ウイルス(サルのエイズ・ウイルス)に感染しており,生ワクに混入して人間に投与された後に突然変異を起こしてエイズになった,という説である.



 アフリカのエイズイズ発症者で確認されている第一号は,1959年には同国の首都レオポルドビルで見つかっており,初期の発病者の38例のうち29例までが同国に関連し,ワクチン試験地域と当時のエイズ患者の発生地域とが一致するともいう.しかし,当時のワクチン開発の関係者からこの説を真っ向から否定する意見が相次ぎ否定的な空気が支配的だが,一部には熱烈な支持者もいる.



あながち否定できないのは,この人体実験が行われた独立前のアフリカでは,欧米がさまざまな危険な人体実験を,被験者の同意もなしに行っていたからだ.そのなかには,住民に効果も副作用も定かではないマラリアのワクチンを投与したり,共通感染症を調べるためにチンパンジーの血液を注射した実験まであった.



 だが,この人体実験はいまだにアフリカでつづいている.規制がほとんどなく,わずかな報償で応じる貧しい人も多くてコストは安上がりだ.試験にかかる費用は,先進国の5分の1以下の場合も多いといわれる.欧米本国では不可能な安全性を無視した人体実験がまかり通っているとする「告発」もある.



保健衛生が立ち遅れたアフリカは,薬剤の臨床試験には都合がよい.感染症をはじめ病人の割合が高く,その大部分は集中的な治療を受けていないために病状がはっきりして,薬効が確かめやすい.医療の機会の少ない現地民に期待感を抱かせて,実験に誘い込むことは容易である.



ナイジェリアでは,米国の新興製薬会社から委託されたNGOが,抗エイズウィルス剤の新薬テノフォビルを本人の同意もなく地元民に投与しており,倫理に反するとして2005年に中止に追い込まれた.この新薬は,カンボジアで大々的に実験され,フン・セン首相が2004年に臨床試験計画の停止 を命じたいわくつきのものだ. 



カメルーンでは2004年から2005年にかけて,セックスワーカー(売春婦)400人を対象にこのテノフォビルの臨床試験が行われた.この新薬はエイズ・ウイルスに対して効果があり,人間への効果を確かめるために感染率が高いと考えられるセックスワーカー集団を試験対象に選んだのである.これも,倫理に反するとして2005年にそれぞれ実験中止に追い込まれている.ただ,ボツワナ,マラウィ,ガーナでは依然として,つづけられているという



 2001年には,ナイジェリアの約20の家族が,新薬の実験で死亡したり重大な後遺症が現れたとして米国の製薬会社を相手取り,ニューヨークの裁判所に訴えを提起した.この新薬は細菌性髄膜炎の治療を目的とした抗生物質だ.この病気がナイジェリアのカノ地域で流行していた1996年に臨床試験が行われ,被験者となった子供200人のうち11人が死亡し,数人が聴覚や言語や運動機能に重い後遺症を負ったという.裁判は継続中である.



アフリカの現地民が実験台になるのに同意しても,その多くは英語やフランス語の非識字者だ.同意書にしても,被験者となるための注意書きにしても,ほとんどが英語やフランスで書かれているために,理解できない場合が少なくない.


カメルーンでエイズ救済のために働くNGOによると,試験薬を与えられた女性たちのなかにはワクチン接種に登録したのだと思っている者もいたという.



また,薬の効果を比較検討するために,一部の被験者にはプラシーボ(偽薬)が投与されるが,ほとんど場合,被験者に対する医療上の配慮やエイズの予防対策は行われていなかった.また,こうした実験が政府関係者に報告されることもほとんどない.



臨床試験は新薬の認可と商品化のために,製薬会社にとっては欠かせない.世界中で行われている臨床試験は毎年10万件近くにのぼり,そのうち10%が途上国で実施されている.米国厚生省によれば,米国の政府や民間の資金によって米国外で実施された試験は,1990年には271件だったのに対し,1999年には4458件にもなった.途上国は製薬会社の臨床試験の標的となっている.



本人の同意もなく,詳しい情報も与えられず,現地の被験者や患者にとっても利益もきわめて限られたものだ.熱帯病の専門誌(Tropical Medicine and International Health, 1999, No.4)によると, 1972年から97年までの間に新たに商品化された医薬品は1450種あるが,熱帯病の薬はわずかに13種にすぎなかった.



世界の医薬品市場の規模と途上国の貧困との間には大きな落差がある.2002年の統計で,世界の医薬品の売上は,4000億ドルを超えている.これは3000億ドルしかないサハラ以南アフリカ諸国の国内総生産の総額を上回っている.



アフリカで試験され商品化に成功した医薬品の恩恵をアフリカ人が受けることはきわめて少ない.研究の資金を出し,被験者を選び,試験を行うのは製薬業界である.ナイジェリアの細菌性髄膜炎患者に抗生物質を与える試験では,製薬会社が大型旅客機をチャーターして,機材や人員を乗せていきなり現地にやってきたという.



したがって,研究対象となる医薬品の選択やその評価も,必然的に偏ったものにならざるをえない.新薬の開発には膨大な研究費がかかり,製薬会社は投資に見合う収益を求めるために,現地の利益よりも会社の利益が優先される場合が大部分だ.現地国政府がその活動を規制や監督することは,現実には不可能に近い. 



 世界医師会(WMA=本部パリ)は,1964年に採択したヘルシンキ宣言で各国に倫理委員会の設置を提唱している.倫理委員会は,臨床試験の実施の前にその方法と適切かどうかを確認し,試験地域の社会経済的環境が実施可能であるかどうかを判断するものだ.アフリカでは,まだ一部の国にしか倫理委員会が設置されていない.



こうした人体実験についてフランスのル・モンド紙に寄稿したセネガルの開発研究所所長のジャン=フィリップ・シポー医師によると,「現地アフリカで臨床試験を行うには,そこに特有な病気や医療と医薬品安全性監視の実情が考慮されるようにすべきだが,実際の試験が適切に行われているとはいいがたい」と指摘する.



                        


                (岩波書店刊「科学」から再録)




石 弘之
子どもたちのアフリカ―“忘れられた大陸”に希望の架け橋を