2014年9月7日放送美の壺「京の坪庭」 | 芸術家く〜まん843

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◆壱のツボ 光は庭の演出家
◆弐のツボ 空白が生む存在感を見よ
◆参のツボ 坪庭に託された人々の思い
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古都、京都。風情あふれる街並に軒を連ねるのは「京町家」と呼ばれる独特の家です。間口が狭く奥に細長い町家はなんとこれで1軒。ウナギの寝床とも言われますがそこには思いもよらない美の世界があります。こちらは築102年のの町家。
玄関を入って、すぐに見えて来るのが…坪庭です。そして建物の奥にももう一つの坪庭。古くからある町家ではよくある造りです。この坪庭こそがさまざまな美を生み出すのです。坪庭とは四方を建物などに囲まれ借景のない庭の事をいいます。部屋に座って眺めて楽しみます。基本的な坪庭にあるのは灯籠。 椿などの常緑樹。 そして手水(ちょうず)鉢。 さらに住む人の好みで庭石などを置きます。この小さな空間にひとたび光が差し込むとえも言われぬ美が生まれます。まずは、その光に注目です。
この町家に70年以上住み坪庭を見続けている吉田孝次郎さんです。
吉田「庭の楽しみ方っていうのは朝昼晩それぞれにあるというそれは見事な演出です」
吉田さんのお宅には西と東、大小二つの坪庭があります。二つの庭は光の変化によってさまざまな顔を見せます。
朝7時、まぶしいばかりの朝日。まずは西側の坪庭を見てみましょう。
吉田「西向いてる座敷っていうのは朝日の恩恵はないです。蔵の白壁に朝日が射してその反射光を楽しむという趣向です」
朝日は坪庭に面した蔵の白壁にあたり庭そのものにはあたっていません。しかし室内に目を向けると・・・
床に木の陰が映し出されています。
反射による柔らかい光が生む極上の朝。建物と光が織りなす一瞬の美です。
昼、日が高くなると西の坪庭に燦々(さんさん)と日差しが降り注ぎます。
一方、東側の庭はあえて開口部を狭く作ってあります。日がほとんど入らないほの暗い「陰りの庭」。実は二つの庭の明るさの違いにある秘密が隠されているのです。
吉田「京都の夏は盆地ですから湿度が高くて気温が高い。京都の夏を少しでも涼しげに過ごすためには風通しというものが一番大事で風通しを良くするために敷地の中に二つの庭を造りしかも一つをかげりの庭にして一つを光のあたる庭にする、そうすることによって外界に風がなくても家の中で風が作れるようになってるんですね。」
二つの庭に温度差を作る事によって空気の対流をおこし家の中に心地よい風が流れるという仕掛けです。手水鉢の水面に映りこむ明かりの風情を楽しみます。坪庭の眺めは朝、昼、晩、飽きることがありません。
こちらは酒屋を営む鵜飼さんのお宅です。縁側に映し出されるのはモミジの影。モミジはご主人のお気に入りの木です。
鵜飼「例えば今葉っぱの影が出てますよね。これが夜中に満月の月明かりの中でこういうモミジ狩りを楽しめる。寝間着姿で。坪庭の中だからそういう事が出来るのかなと非常に贅沢なことをたまにさせてもらってます」
小さな空間に生まれる光の芸術。そんな坪庭ならではの美しさに魅せられ50年以上にわたり四季折々の姿を写真におさめてきた人がいます。写真家の水野克比古さん。坪庭の魅力をこう語ります。
水野「庭空間を機能的な採光と通風、そこで京都人が考えだしたのは小さな庭空間に鑑賞的な見て楽しむ美しい庭を作り出したわけなんです」
光がもたらす坪庭の心地よさが京の暮らしに潤いを添えます。

続いては空白に注目です。京都で坪庭を多く手がけてきた作庭家の小埜雅章さんです。
小埜「狭いだけに本当に余分なものがあったり殺し合いしてるものがあるとそれだけでその坪庭は活きてこない。研ぎすまされてそぎ落としてぎりぎりのとこで必要なものだけがある」
小埜さんが5年前に作った広さわずか2坪の坪庭です。手水鉢とモミジ、少しの植栽だけで狭いながらも存在感あふれる庭を作り上げました。その鍵は「空白」の取り方にあるといいます。

坪庭はいったいどのように作られるのでしょうか?小埜さんの坪庭造りの現場にお邪魔しましょう。
今回手がけるのはこの庭。住人が何度も変わりそのたびバラバラに木や石が置かれたため雑然としています。
小埜「こちらの庭の場合松がメインになると思うんですね。この松には勝てない。この木をいかに活かすかそういうことになると思う。全体が張り合ってるというか空白の美というものがないもので小さくしたり他の木を入れたり全体をあくまでも松をメインにまとめて行く」
小埜さんは奥にある松の存在が引き立つように庭を作り直す事にしました。まずは最低限のものだけを残し木や石を取り去っていきます。雑然としていた空間がかなりすっきりしました。ところが…おやおや、職人さんたち、今度は木をいっぱい運び込んできました。その数、10本ほど。小埜さん自らも、大きなモミジの木を持ってきました。こんな大きな木、空白を埋めてしまっているように感じるんですが…
小埜「物理的には埋めてるんですけども何もない空き地には空白は生まれない。木を植える事で活きた空間にこしらえて行く」
運び込んだ植栽を壁際に集中的に並べることで庭の中央の何もない空白部分を際立たせます。モミジは少しずつ刈り込んで行きます。余分な枝をなくすことでモミジの木自体にも空白を作っているのです。そして…
小埜「あの松がこっち来たような感じがするんですけどね」
部屋に座って楽しむ坪庭。小埜さんはその目の高さで指示を出します。今度は松の手前に大きめの手水鉢を置きましたこうすることで松だけが目立たないようバランスを取るのです。さらにここから庭を広く見せるためのある工夫を施します。
小埜「今それぞれ(の木が)別個に存在してるんですね。(地面を)一つの同じものにすると均一にすると奥にズボッとぬける」
地面を一つの色で統一する事で庭全体を広く見せるというのです。今回は緑の苔(こけ)を敷き詰めます。
8時間かけて全ての作業が終わりました。一体どんな風に仕上がったのでしょうか?
こちらが完成した坪庭です。
幅2.5メートル、奥行き5メートルの小さな庭が広々と感じられます。そそり立つ大きな松は手水鉢との絶妙なバランスによって出しゃばりすぎることがありません。一面に敷き詰めた苔。そして手前の紅葉と松との遠近感が空白を生み庭全体を広く美しく見せています。目に見えない空白が生む存在感が坪庭の美をいっそう引き立てるのです。

最後は坪庭のある暮らし。呉服店を営むこの町家。オリジナルデザインの着物を作り販売しています。10年前お店をこの町家に移したご主人の南さんです。坪庭に面したこの部屋で着物をデザインします。この庭のそばにいるとなぜか仕事がはかどる気がすると南さんは言います。
南「1年の四季を感じながらちょっと横を見ながら坪庭がある、こういう風な絵を描いていたらそれはそれなりのゆったりした感じで良いものが出来るようなそんな感じはします」
庭の植物が着物のデザインの参考になる事もあると言います。坪庭は住む人を癒しその感性を耕すよきパートナーなのかもしれません。

人の暮らしとともにある坪庭。その空間にはさまざまな願いや祈りが託されています。こちらの吉田さんの坪庭にはある変わったものが置かれています。横から見ると亀の形をした亀石。こちらは頭をもたげた鶴のように見える鶴石です。
吉田「人間であれば長生きしたいという欲求は持っている訳でじいさんこの家を作る時に鶴石と亀石というのを据えて家族が長生きできるという願いを込めた」
家族の長寿と健康への願いをこめた庭石。代々続く町家の坪庭にはこうした縁起物も少なくありません。
江戸時代に書かれた造園書。坪庭に神が宿ると記されています。垣根にて不浄を限り清浄にして神をいさめ家を守り…つまり坪庭の垣根は不浄を取払い庭を清めることで神が降りてきて家を守る…と言うのです。坪庭は昔から一種のパワースポットとして大切にされてきました。
明治時代から続く漆器店です。ここでは、植えられた木々に願いが込められています。家族に災いがおこらないようにと植えられた南天の木。
こちらは商売繁盛の願いを込めた万両。この家の庭にも守り神が宿っているのかもしれません。
吉田「別にあるのが当たり前。空気か水みたいな、だけど、なかったら困るでしょうね。毎日これを見てるのが生活の一部。」
京の町家に暮らす人々にとって、坪庭はなくてはならない特別な場所なのです。
代々宝石店を営む和田さんの家。ここには家族の思い出がたくさんつまったちょっと変わった坪庭があります。目を引くのは、水をたたえた大きな井筒。蔵に収める宝石を、もしもの火事から守るために本来置かれたものですが、それだけではありません。
和田「この空間がねやっぱり癒しというか、ホッとする場所になってます。お客さんが見ても心がふっと軽くなるねと。」
和田さんは子どもの頃から井筒のある坪庭に、親しんできました。今でもたまに縁側に家族が集まります。
昔から変わらないこの家の夏の憩いのひと時です。
和田「夏休みの読書感想文はここで読んでます。寝転がってここ風抜けますしね。一番涼しいですよ、家で。ほんと憩いの場だなあ。」
京の暮らしに寄り添う坪庭。幸せを育む、温かな想いが生き続けています。

◆出演者
司会
草刈正雄
語り
古野晶子