平日の午後、東京発新大阪行き東海道新幹線。
東日本大震災でビジネス需要が冷え込み閑散とした車内は、
白いマスクを着け、ボストンバッグを持った親子連れの姿ばかりが目立つ。
江戸川区の主婦は6歳の長女と2歳の長男を連れ、
神戸市の姉の嫁ぎ先へ向かっていた。
「テレビで見ていると『原発は大丈夫』と言う政府の
えらい人自身が動揺しているのが分かる。
何か隠しているのではないかと思ってしまう。
それなら早め早めに行動するのも悪くないと考えるようになった」
夫は「大騒ぎしない方がいい」と反対したというが、
そのまま出てきた。
主婦は「神戸にはどれくらいいることになるのだろう。
原発の結論が出るまでだと思うけれど」。
大阪へ向かうという東京都墨田区の女性も4歳の長男の手を握り、
「東京にいると疑心暗鬼になってしまう」
政府の避難指示は、東京電力福島第1原発から20キロ圏内だが、
米国、韓国、英国、豪州、
ニュージーランドは80キロ圏内の自国民に避難を勧告。
シンガポールは100キロ圏内。
フランスは東京にとどまる必要のある者を除く自国民に対し帰国するか、
日本の南部へ避難するよう勧告した。
原発から200キロ以上離れた首都圏で静かに広がる自主避難。
過剰反応といえば、そうなのかもしれない・・
ただ、そうした衝動にかられるのは、
政府や東京電力の対応が後手後手に回り、
的確な情報発信ができていないからにほかならない。
信頼の喪失…。
◇
□誰も教えてくれない
■屋内に洗濯物「過剰反応と言われても…」
福島第1、第2原子力発電所は、
東京電力の総発電能力の14・1%を担ってきた。
東電の全水力発電所160カ所を合わせても全体の13・9%にすぎない。
唯一の被爆国であるわが国で、
初めて原発の営業運転が始まったのは昭和41年。
45年には関西電力の福井・美浜原発が、翌46年に
今回の東日本大震災で被災した福島第1原発の1号機が営業運転に入った。
大阪大学の名誉教授=原子力工学=は
「福島は40年にわたり、わが国の原発のパイオニアとして
首都圏の電力を支えてきた」と指摘する。
◆帽子とマスク
東京都中野区の高台にある一戸建てで暮らす主婦は
放射性物質(放射能)から“自衛”するため、洗濯物を屋内で干し、
外出の際は帽子とマスクを身につけている。
首都圏で観測された放射線量は現在のところ、
人体へ悪影響を与える水準をはるかに下回っている。
主婦は「過剰反応かもしれないが、ふだん飛んでいないものが
飛んでいるのは間違いないわけだから浴びないに越したことはない。
西日本や海外へ避難した人たちに比べれば過剰とは思わない」
「政府や東電は放射能について、今のレベルでは
すぐには人体へ悪影響はないと説明するが、長期間浴びた場合や、
何十年か後にどんな影響が出るのかについて明確な説明がない。
最悪の場合、東京がどうなるのか誰も教えてくれない。
だから不安になる」
◆「制御不能に」
群馬大学の教授=避難行動=は
「政府は、もはや何を言っても信じてもらえない状況になっているのではないか。
不安が不安をあおり、他人の行動が行動を呼ぶ。
ツイッターなど情報伝達が非常に発達し制御不能になっている」
「今となっては遅いかもしれないが、政府は現状を説明するだけでなく、
この先に想起されるシナリオとその対処法をもう少し歯切れよく示すほかない」
原発のある福島県大熊町に隣接する
田村市の冨塚市長は「『屋内退避』という言葉が誤解を招いている」
屋内退避指示が出た30キロ圏内に市域の一部があり、
以来金融機関は閉鎖され、郵便局や介護施設、スーパーから従業員が消えた。
市内産ホウレンソウも売れない。
市長は「『田村市の人は汚染されている。
近寄るな』と差別されるのか。
食い止めるのは国にしかできない。
分かりやすい言葉で、誤解を解く説明をしてほしい」と訴えてます。