いつか、パパと呼ぶ日を夢見て!自閉症児パパ、幸せへの挑戦!ラーメン一杯に愛を込めて・・・石田てっぺい -7ページ目
自閉症のゆう君とほぼ24時間一緒にいるママに比べたら、父親は仕事に一歩出たとたんに、(自閉症児とは)別の世界

『パパは、ええなぁ!』と…(言われますが)

ほんまに、そうです

100%違う世界に変わります

実社会も思うようにいかないことの方が多いですが、それらも自ら選択しのぞんだ苦労だから、幸せなことに感じます

息抜きや解放されることのほとんどない母親に比べたら、父親は気楽に映ると思います

これも自閉症児の親の離婚の大きな要因になりますね

うちは、ピリオド・ゼロの時に、家内から、「自閉症児の親の◯割は離婚するから、離婚していいよ」と言われました

自閉症児と向き合い必死に生きていくために、パパのことなんて構ってられないのが現実だと思います

うちは健常児のお兄ちゃんとお姉ちゃんがいますが、自閉症児の育児の大変さは、それに比べて何倍、何十倍、いえ、何百倍、それどころか、何倍とかではとても言い表すことはできません

それを乗り切るためには、父親に余計な干渉をされる位なら離婚した方がずっと気が楽でしょう

そして、父親は、子供といる時間が少ないので、その分、子どもといる時間が、逆にとても貴重な時間に思えるから、(すごく)幸せな癒しのひと時に…

うちの子の場合は、パパといる時はとてもいい子でいることが多いので

母親から見たら、(私といる時は◯◯△△××でこんなに大変なのに…)『なにもせえへんくせに、ええとこどりして』と(大変なのを分かってないと)気楽に映るでしょう

母親は全て面倒を見ないといけないのに対して、父親は、いざ手に負えなくなれば、母親が砦にいると思えば気楽なものです、母親には頭が上がりません

そういう母親と我が子のことを一番そばで冷静に見ているのが父親です

(一緒にいないからこそ)唯一客観的に見ている存在ではないでしょうか?

現実、そうであっても、父親の思うことを母親に伝えたり、力を融合することは簡単ではありません

我が家の場合は、全くできませんでした

母親の自閉症児と向き合い頑張る姿を見て、余計な干渉にならないように(気を配ったつもりで)何も言わなかったことは反省しています

今も、直接伝えることはできていません

それを伝える決断をしたのが、3月前です

3月前に、離婚を覚悟して、別居することを決めました

そして、離婚したいとかしたくないとかに関係無く、自閉症児ゆう君の父親として、できることをしようと覚悟を決めました

離婚を覚悟して、ようやく言えたことですから、自閉症児の親の母親と父親の力を融合することは難しいことのように感じます
(これが、我が家だけのことなら良いのですが・・・)

セラピストさんの存在がなければ、どういう風に話をしても、「父親に何が分かるの、あなたのせいでしょ、私のせいだと言うの…」となるしかありません

3年近く来て頂いているセラピストさんに思うことをほとんど話をし、セラピーの内容と母親のメンタル状態について現状の思うところを説明し、必要だと思うことを伝えました

家内に直接話すことは、200%反発しか生まないことは明らかでした

家内は、セラピストさんを信頼し安心感を与えてくれる存在で全面的に信頼しています

だから、セラピストさんから話を聞いて、どういう反応になるかは全く予想がつきませんでした

少なくとも話は伝わるのではないだろうか…と…
(もちろん、父親からセラピストさんに話したことは内緒です)

その場合も、もう別居することを決めていたので、おそらく離婚することになるだろうと思っていました

このブログのことも、まだ、家内には言っていません(もしかしたら、もう見ているかも分かりません、いいように取るか悪く取るかは分かりません…)

セラピストさんから話を伝えて頂いて、直後、家内は180度ひっくり返る程別人に変わりました


正直驚きました

セラピストさんも、セラピーの内容を階段を少し降りて取り組むように工夫してくれました

それから、2、3ヶ月経ち、家内は、だんだんとかなり元に戻りつつありますが、それでも、以前とは別人です
(父親なら完全に壊れるだろう過酷なメンタル状態からは少し解放されたようです…)

ゆう君も、家内といる時も、いい子でいることが多く変わってきました

そして、ゆう君がうれしそうです
(とんでもない困った出来事(ブログにもよう書かないような出来事)が影を潜めてきました)

この3年間で、この子には出来ないことだろうと思っていたことが

「えっ、ホンマっ⁉」「あららッ、できたぁ」「うわっ、(自分から)できるんだぁ」「むっちゃ、うれしい」

あれれッ、と、(この3年間の体験から)出来ないだろうと理解していたことや考えることもなかったことをするように変わりました

もちろん、出来るように急に変わった(身に付けた)ということでは無く、潜在的な力が自発的にするようになってきたんだと思います

これから、ゆう君の自閉症度がどのようになっていくかは分かりません

このゆう君の3カ月の驚くような変化を見ていると

自閉症児の親の生きる大変さをつくづく感じます

それは、自閉症児に対峙して頑張るお母さんに対して、父親の無力さを実感します

うちに限ったことかも分かりませんが、父親の力も融合することは難しいし、正直、3歳、4歳、5歳の時にはどう(協力や助言をし)ていいかも判断がつきません
(懸命の母親に、確信も経験も無い代わりもできない父親が話すことはできませんでした)

医者の言うことや専門家のいうことですら、どれが本当かどれを頼りにしたらいいのか右往左往懸命の時に、父親の助言など必要ないと思うのが自然だと思います

医者や専門家よりずっと一緒にいるのが母親であり、医者や専門家より客観的に見て考え続けているのが父親です

その両方の力が(少しでも)融合される方法はないものかと…

切に思います・・・

P.Sどの階段を登っているのか・進んでいるのか…
それだけでも…分かれば(父親の役割が果たせたら…)



最後までお読み頂けた方、いつも、温かい応援ありがとうございます。ニコニコ
2歳の時にゆう君の療育を始めて、今年で7歳になる

そのゆう君を見ていて、気づいたこと、実際に感じたことを書いていきます

ゆう君は、昨年末に自閉症がかなり重度と告げられている…

そのゆう君、2歳から療育をしてきて、見てきて、今だから、分かり出したことがたくさんある

特に、この2、3カ月のゆう君の大きな変化を見ていて感じたことがある

早期療育は、実年齢も関係するが、よりその子の言語レベル知的レベルの年齢を意識してあげることが大切なポイントだと感じる

言語や知的の年齢レベルが2、3、4歳のレベル以上にあるかどうかがいろんなことが成長するかどうか、吸収していくかどうかにおいて重要と…

健常児の子どもでも、2~3歳の頃に、何かを教える、覚えさすことは並大抵のことではない

そのレベルに近づいていなければ、(自閉症児も健常児も)習得することは、難しい

実年齢より、その子のレベルがどれくらいか、そのレベルを理解して、その子にあった必要なことを探してあげることが大切に感じる

また、それを障がいのある子どもに教えるとなれば、相当の(その子のことの)理解と工夫が必要だと感じる

また、親自身の成長も必要であり、重要と感じる

脳の成長は、年齢が2~3歳や、5歳、6歳までが早期の成長期かもしれない

だから、療育も早期に、早いほど良いとなれば、単純過ぎる

ちょっと、待ってください

健常なお子さんなら、早期や英才教育の前に、0歳時から2歳時(2、3歳になるまでの間)に、準備運動のような体験(早期・英才教育の前のプレトレーニング)が十分に積まれているのではないだろうか

自閉症の子どもも、実年齢は、同じように、2歳、3歳・・・5歳、6歳と迎えていく

その一方、言語や知的レベルは、何歳だろうか・・・

実年齢とともに、その子のレベルを十分に理解してあげないと、準備運動なしに、トレーニングすることになってしまう

もしかすると、準備運動の必要な時期に、まだ早過ぎるトレーニングをいきなりすることになりかねない(子どもにとったら不愉快極まりないかもしれない)

さらには、セラピーや療育そのものがかなりの包容力(と経験)がなければ十分な効果をあげるのは難しい

療育は、素人が見よう見まねでやれば、それなりにできると思っている場合が多いけれど、

療育は、技術・知識・メンタル・仕組みがそろわないとうまくいかない

素人がやると気持ちだけはあるけれど、結果としては

療育する人も苦労するし、療育される子どもも愉快じゃない

それじゃあ、どうして療育を早くするの?

年少期の療育は、子どものことを理解し、その後の成長を続けるように導くためには、不可欠のように感じる

ほめること一つとっても、心から嬉しい気持ちいっぱいで褒めてあげることは、年少期(特に早期)ではなかなかできない…

療育したからこれだけできるようになったと喜ぶと同時に、これだけしかできへんのかあと落ち込む気持ちもある…

それが、6歳、7歳となってくる頃には、我が子はこういう子なんだと(その子の能力と性格も)理解が出来てくる

もし、我が子がこんなこと出来るようになったら、それこそ泣いて喜ぶよっていうこと(基準)がちゃんと分かってくる

これは、年少期の療育や育児での強い思い入れ(苦労)があればこそ

親として、心から(嬉しい気持ちが湧いて)褒めてあげることが、やっと、できるようになってくる

自閉症の子どもの成長は、年少期に(他の子と比べずに)自分の子だけを見ること(評価してあげること)はとても難しい

周りからほめられても、(そのレベルが低過ぎて)本音はちっとも嬉しくない時もある…むしろ落ち込んで悲しいことも多い…

親が、我が子のことを理解して、自然と接してあげることが出来るのは、6歳位からではないだろうか

そして、この頃からの接し方が、その後伸びるうえで、すごく大切のように感じる

実年齢は、6歳から9歳であっても、6~13歳であっても、一番伸びていく、大きく変化する時で、大切な時のように感じる

うちもそうだが、5、6歳位までは、何か効果のあることはないだろうか?(グルテンフリーやサプリやセラピーの方法や薬など何か)ないだろうか?何か大きな原因があるんだろうか?

必死に、答え(解決・改善法)を探してしまう

見つけたくて、変えてあげたくて、必死に…何とかしてあげたくて…

また、それが支えでもあるから、生き抜く・頑張り抜くためには、欠かせない時期になる

だから、お母さん(ママ)、ここで息切れしないで(終了しないで)、諦めないで

肝心なのは、ここからだと思う

その子の能力を引き出してあげること

切り替える位に、我が子を考えてあげたい…

子どもも、仕事もスポーツも、最大限の能力を引き出そうとすることはかなり難しい

この難しいことにスポットを当て集中して、目を向けてあげることが、一番必要だろうと感じる

年少期の療育や育児で大変なことは多いけど、全てはそのための準備・導入期になるように感じる

本当の(早期)療育は、親が子どものことを十分にに理解をして、本当の褒めてあげる療育が出来るようになった時(必死さが取れ、ゆとり・安らぎを与えれるようになり出した時)から始まる…そう感じる

子どもの(知的などの)レベルが3、4、5歳のころなら、実年齢も脳が成長する8歳頃までの時期は、その頃が一番成長する時期に…

この頃が、本当の早期療育に(また、育児にも)なるのではないだろうか

この頃ですら、勘違いしてはいけないと感じる

知的な伸び方はもっと後でもいいと感じる

健常児の幼児期の英才教育も、ピアノやスポーツといった体感的なもの、有名国立大学に行くとか知的(学習能力的)なものに英才教育や早期教育は通用しない

習得していくのは、フィーリングやコミニュケーション的な(体感的な)こと重視でいいのではないか

自閉症児にとって、真の成長期・伸びていく時期につなげることができるかどうか

年少期の早期療育は、親自身が、体系たって(5年後、10年後の成長へとつながるように)教えていくことの重要さを知り、この子に合った教え方を少しずつ体験・学んでいく時期として大切な時期ではないだろうか

また、療育に力が入るということは、自閉症の目の前の我が子のままでは耐えれない嫌で仕方ない…そう強く思えばこそ、どんなこともチャレンジして試すことができ、発見していくことができる

同時に、純粋に(心から)喜ぶことができない状態では、療育の効果は少ないかもしれないが、身をもって経験して我が子を知っていくことが、何より最も大切なことだろうと感じる

療育であっても育児であっても、我が子の自閉症と真正面から向き合えるための基礎固め(基礎を築くための)準備運動をする期間ではないだろうか

年少期の早期療育が効果があるかないか、それは重要ではないと感じる

目の前の我が子に直面し、共に生き抜くために

生きて欲しいと親らしく純粋に思えるように変化していくためにも…


p.s最近、感じ始めたことは、階段を一段でも高く登ろう、上がろうとするばかりでなく、階段を降りる勇気も大切だと…

最後までお読み頂けた方、いつも、温かい応援ありがとうございます。ニコニコ

先週、ブログの最初の頃に、登場頂いた、サラリーマン時代の会社の先輩が、(高等支援学校に行かれている)息子さんとご家族揃って来店くださいました
{3C87E115-3EBF-46DE-BA43-FB27EF80F728:01}
お店にお花も頂き、ありがとうございます
{B390865D-BD0B-4B6A-B9D5-64AE4E40C7B0:01}
その後、近くのお店で、昔話や懐かしい話もしながら、自閉症の話を体験談を交え

15歳の息子さんに成長されているから、いろんな話を聞かせてもらい、またこちらの話もいろいろ聞いて頂き(幼稚園の時の状況も)よく分かると…

小麦抜きの食事もされたことがある(1年位でやめられたそう)

同じ病院に通われていたり

アメリカまで、便を送って検査したり、水銀や髪の毛の検査や、アメリカのサプリと…

などなど、親として(今も、10年前も)同じことやってますね

その後の小中学のお話も聞くことができました

(昔から知っていた方で)自閉症児の親御さんとゆっくり話するのが初めてだったので、また、お子さんが15歳に成長されるまでのいろんな体験をされていることもあり

安心感のある、安らぎを与えていただきました

今は、まだ必死に・・・の状況なので、

本当、とてもいい平穏な気持ちを与えてもらいましたニコニコ


ブログを始めて良かったこと

ゆう君の写真を撮るようになったことです

ブログで名前とかもオープンにしてるのは、ゆう君がかなり重度だったから

だから、写真を撮ることもあまり無くなりがちでした

ブログを始めた時は、自分がブログで写真をアップできるようになるとは思ってませんでした

この携帯アプリというのはすごいですね

あっという間に写真アップもできちゃう

驚き、感動ものです

そのおかげで、ゆう君の写真も記録も兼ねて撮ろうという気が芽生えて…

ブログ用に…
使えるのを…おもしろいのを…
ついでに、可愛いのも…  記念に…

そしたら、カシャッカシャッ、ゆう君を見て、おって、撮ろうと、よ~く見てると、その表情、仕草が可愛い~

嫌だなあ…また、もお…じゃなくて
(前は、じっくり見たくなかったかもしれない…)

上のお兄ちゃん、お姉ちゃん達と違って、カメラ目線やポーズはないけど

そのゆう君独特の動き、仕草が、かわいく思えてきて・・

ゆう君も遅~い、遅~いのんびりした成長ですが、ゆう君なりの成長の姿が愛おしく

見つめているだけで

幸せな気分にさせてもらっています

こちらの幸せな気分が伝わるのかどうかは分かんないですが

ここ最近、ゆう君の方から、抱きついてきたり、おんぶ・お馬という感じで背中に乗ってきた(のが一度、あった)り、自然と(むこうから一瞬で短いけど)じゃれてくるようになってきたのが、すご~く嬉しいドキドキ(実は、ムッチャうれしいクラッカー)

だから、写真を取るようになったの、すごく良かったです合格



いつも、温かい応援ありがとうございます。ニコニコ
最後までお読み頂けた方、応援
クリックもしたってくださいネ!!?
にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
にほんブログ村

ピリオド・ゼロの日、その前後から、

3歳になるまでに早く療育を始めよう・・・そう思い

ゆう君、3歳になるまでに、療育を始めました

療育は早く始めるほどよいと思って

当時、調べた情報も早いほどいい、周囲も将来のことは分からないことなので詳しいことは伏せていたのかも分かりません

また、親として希望を持っていました

療育をして有名国立大学に入った…
週何十時間の療育で効果があった…
ほとんど自閉症と分からない位までなった…

など、療育成功事例を自分の子にもダブらせていました

毎週セラピストさんに来てもらい、家内は療育に懸命に力を注ぎ、6歳になるまで3年以上努力を続けてきました

ピリオド・ゼロを告げられた親にとっては、療育は一筋の光です

何かにすがりつきたい、救いを探したい

藁をもつかむ想いでした

例えどんなことでも可能性があるのなら、その可能性に託したい

希望を持ちたい

今、ゆう君が6歳を過ぎて、感じることは、自閉症の軽度、中度、重度のポテンシャルによって、療育等による到達範囲はその子自身のポテンシャルの範囲内に決まっているだろうということ

しかし、3歳のころには、軽度、中度、重度の判断が分からない

将来どのくらいの範囲になるのか分からない

伸びしろがどれだけあるのかも分からない

むしろ、親として分からない方がいいかもしれない

3歳手前のピリオド・ゼロ(息子の自閉症)を認識した当時、

家内の『死のう・・・』そう言われて

『うん、分かった・・・』

としか答えようがなかった・・・

(まさか、自分の人生で、心中が頭をよぎるとは…考えるとは…、
死のうと言われて、そんなん考えるな…するな…と止める言葉がかけれない……、逆の違う言葉しかかけれないとは…)

そんな時に、もう将来も分かってしまっては…

死んだ方がいい・・・

そういう絶望感に満ちあふれている時に

『最重度』の言葉は、とても、聞くことのできる言葉ではなかっただろうと・・・

そして、今、最重度という宣告をされ、療育によっても自閉症の軽度になることは難しいことは分かっています

父親としたら、現実を受けとめ、今の生活を幸せに感じてすごしていくことが、一番大切だなあと思います

母親も、無理することの無いように力を抜いて自然にゆう君を受けとめていければと思いました

これは、男のおせっかい?

勘違いのようです…

母親は、療育、食事制限など、時間や労力や費用が無駄になろうと構わない、自分の生活を犠牲にしてでも、ゆう君にエネルギーを注ぐことが全てなのは、宣告を受けた今も大きく変わらないようです

最重度の宣告によって、家内も少し気を抜いて楽にはなりましたが、それはほんの少しです

父親からすれば、これまで、これだけ努力してきたんだから、もう十分じゃないのかな…

療育しても結果に(その子自身の範囲内を越える)大きな差は出ないんだから、今のゆう君を肯定して受けとめて、今の幸せを感じて生きていく方がいいんじゃないの…と思うんです

そうじゃないんですね

母親は…

強いんですね…たくましい…

まだまだ、犠牲にして、頑張る…

この3年間の母親の力のそそぎようといったら、ものすごい…

療育が結果が出なくても、時間や労力が無駄になろうと…

いえ、努力が無駄になっても、何を犠牲にしても構わないから、これほどまでの努力を続けられるんですね

まさに、死ぬことを思ったら、全てを犠牲にしてエネルギーを注ぐことができる

今のままじゃダメだと強く否定すること(本人は否定してるつもりは無いと思う。状態を変えたい、少しでも良くしてあげたいと願う強い想い)が、ものすごく大きなエネルギーになる

これまでしてきたことが無駄であったって構わない、これからすることも無駄であったって構わない

少しでも可能性があるのなら、他のことは犠牲にしたって、やり抜くんだという

理由や理屈を理論立てて考えてしまう男には真似できない

父親には考えるのは難しいことだけれど、それが母親の望むことであり、生活・生きがいそのものに見える

母親のやりたいことを応援しよう、やりたいだけやってみようと、父親は支えようと…
父親の「納得のいくとこまで頑張れたら、(もう十分)満足やん」と思う気持ちとはちがう

母親は、努力や苦労や犠牲とかとは違うように、思う

無理でも、苦痛でも何とも無い

逆に、無くては生きてゆけない

最近、ようやく、それを知り出した

もう、ライフ、生活の一部や、生活そのもの、自分の生活・人生そのものなのだろう

生きるを選択した時点から戦っているのだろう

(気持ち・感情的には)妻を捨て、女を捨て、家庭を捨て(正確には、捨てたのでは無く、二の次で構ってるどころじゃない)、何もかもを犠牲にしようとも、ガムシャラに自閉症と向き合っていく・対峙していく

それが(母親の)生きること

(現況と)立ち向かうこと

父親としては、母親自身のケアと家庭のことがもっと優先してもいいんじゃないのと思ってしまう

せめて、「療育を早く始めなきゃ」や「たくさんの時間療育するほど効果がある」という(療育しなきゃ、その時間作らなきゃという)プレッシャーだけでも取れれば…

母親には、そんなことは、微塵も必要ないと感じているかもしれない

もし、療育を「早く」や「たくさん」ということが必要なかっても…

例え、結果が大きく変わらないのが事実であったとしても…実際にそうなったとしても…

ほんのわずかでも良くなる可能性があるのなら・・・



P.S.父親としては、「療育を早く」とか、「療育の時間たくさん作らなきゃ」と焦る必要は、無いように感じています・・・大切なものはたくさんあるし、人によっても違うし、また、見つけるのも簡単なことではないと…そして、(自閉症児のお子さん、親御さんにとって、もっと大切なものを)見つけることに十分な時間をかけて欲しいと…願う気持ちもあります…



いつも、温かい応援ありがとうございます。ニコニコ
最後までお読み頂けた方、応援
クリックもしたってくださいネ!!?
にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
にほんブログ村