これまでも、自閉症の重度としてゆう君のことを認識していたんですね
そして、自閉症にはもっとたいへんな人がいるんだから、また、障がい者の人達もたいへんな人がいるんだから、これ位しんぼうしないといけないんだよ、という遠慮のような気持ちがどこかありました
五体満足、ご飯も自分で食べれて、毎日元気に走り回って楽しそう
だから、辛いと思ってたり悲しんだりしてたらダメじゃないかと思うこともありました
障がい者の人、病気の人、遺族の人、たいへんな人いっぱいいるんだから・・・
そういった複雑な遠慮のような気持ちは、最重度の宣告によって、あまり気にしなくてすむようになりました
肩の力を抜いて、溢れる涙とも向きあっていいんだ・・
このブログも一文字一文字入力しながら、涙が溢れ出てくることもあります
込み上げてくる想いも、溢れる涙も、宣告後は、以前と違って、何故か、重苦しさはありません
ただ、純粋に悲しい・・・
逆に、清々しい感じがします
ゆう君とも、ある意味、リラックスして接していける
ゆう君に求める答えは、こうでなきゃあとか、100かゼロか、何点とかじゃあないんだ・・
ここまでは、という合格点も、せめて何点以上には(できて欲しい)というラインがある訳ではないんだ・・
例え、1点でもゼロ点でも飛び続けていけるし、進み続けていこうと・・
ゆう君ができることも、価値ある1点と思えば、少し幸せも感じて・・
『よくできた!』と喜ぶこともできます
その動き、一つ一つ、一瞬一瞬が貴重なものと、あたたかい眼差しで見てあげることもできます
今、ゆう君は、前より増して、甘えてきたり、のっかってきたり、抱きついてきたりといったことを昔と違ってしてくれるようになっています
3年以上前なら、期待できなかったこと
例え1歳児かゼロ歳児レベルのすることでも、親に甘えてきてくれるということは、価値ある嬉しいことです
ゆう君と向かい合いながら、その一つ一つに大きな価値と前進を見出していけたらと思っています
ゆう君に、今、以前と違って、
『ねぎらい』の気持ちが持てるようになりました
最重度の言葉を聞くまでは、1点、例え1点でも望んでいたんだ…
出来れば、自閉症の普通位にはとか、平均位にはなってよとか、50点は無理でも、せめて20点、10点でもと求めていたんだと
この、求めたい、求めねばと願う気持ち
最重度の宣告により、一旦、フラットに解放されました
重しが取れたように楽になりました
『もっと、こうした方が・・』
『もっと、出来たん違うかな・・』
という自責の念に駆られる想いが、少しずつましになっていくように思います
また、自閉症って何てたいへんなもの
努力しても、努力しても、アリ地獄みたいじゃない・・・そういう重苦しい気持ちからも解放されていくように思います
また、ゆう君が最重度だとは親として、考えることも思うことも難しいしいし、とてもできません
今のゆう君も、可愛い我が子で、まんざらでもないんですよ
だから、ゆう君が最重度なら、自閉症もそこまで悪いもんじゃないなあとちょっぴり思います
自閉症児の親として、生きていて欲しいと純粋に思えるまで、、ピリオド・ゼロから2年、3年とかかったように思います
今も、心の底からそう思えるかは、自信がありません
自閉症児の親御さんが皆そう感じる経験をされるかは分かりません
自分の子どもが自閉症のビリであっても(構わないし)、他の自閉症のお子さんや障がい者の方々の幸せを願う気持ちは変わりません
これはうちに限ったことではないと思います
だから、ゆう君が自閉症のビリだったとしたら、自閉症がこの程度まででよかったなあと、胸を撫で下ろすことができます
むしろ、自閉症がこの程度までであって欲しいと願う想いもあります
もちろん、今もこれからも、ゆう君が最重度と思うことは親としてはありませんよ
希望が持てなくなっちゃうから・・・
いえ、違います
今を生きることに、向き合っていくことに、自閉症の程度は関係がないからです
自閉症の程度がどうあっても、直面する問題の困難さや悩ましさには、みな、悩みの種類は違えど同じように乗り越えて行かねばならない難しい曲面だらけだろうと思います
うちの子に当てはまる曲面に向かい、乗り越えて行こうと、自然体で接していこうと・・
出来るだけ、無理することなく、背伸びしようとすることなく、進んでいけたら・・・
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